遠藤の自然と保全管理
2013/6/22、岸一弘さんが谷戸保全作業時、日本大学の学生さんたちに解説、説明した内容です。 同地についてもっと詳しい資料でお知りになりたい方はこちら
1.遠藤笹窪谷の位置・地形
笹窪谷は藤沢の西北部に位置し、その規模は33ha。藤沢市内最大規模の谷戸である。
少年の森、宇都母知(ウツモチ)神社の林と一体となった緑地を形成し、周辺に農地が広がっている。
小出川の水源の一つ(水質が保たれている水源としては唯一)
かつてはウシロ谷戸、打越谷戸など、周辺各所に谷戸が見られたが、ウシロ谷戸には慶応大学SFCができ、打越谷戸には打戻方面に向かう舗装道路ができた。
2.生物多様性の高い遠藤笹窪谷
笹窪谷は、藤沢市の中では最も生物多様性の高い場所の一つである。
◆なぜ笹窪谷は生物多様性の高い環境なのか
谷戸環境であるから
※谷戸(やと)とは
丘陵地・台地が浸食されて形成された谷状の地形。地域により、谷(や、やと)、谷津(やつ)、谷地(やち)、谷那(やな)などとも呼ばれる。
◇比較的狭い面積の中に多様な環境がある
①斜面林(雑木林、常緑広葉樹林、スギ・ヒノキの植林、竹林)
②谷戸底の細流、湿地、水たまり
③草地、耕作地
④草のあまりないところ)
多様な環境が、多種多様な生物の生息・生育を保証している。
※さまざまな水環境が存在する。
3.笹窪谷を特徴づける生きもの
◆湿地(休耕田)
オニスゲ、チダケサシ、ウキヤガラ、アカバナ、シオヤトンボ、ニホンアカガエル
◇ハンノキ疎林:ハンノキハムシ
◇ショウブ:ツマキホソハマキモドキ
◇オギ原:カヤネズミ
◇ヨシ原:キンヒバリ
◆細流
ヤマサナエ、オニヤンマ、ミルンヤンマ、シマアメンボ、サワガニ、ホトケドジョウ
◆樹林地
ササクサ、ヤブムグラ、ヒトツバハギ、イワガラミ、ヤマアジサイ
ウスタビガ、エゾカタビロオサムシ、ヤマトタマムシ、マスダクロホシタマムシ、ヨツスジハナカミキリ、ヒメカマキリモドキ、ヤマトガガンボモドキ
◇ササ林
ゴイシシジミ
◇林床・林縁
トウゲシバ、キツネノカミソリ、ヤブムグラ、リンドウ、アキノキリンソウ
ウラゴマダラシジミ、クツワムシ(市内最大の生息地)、トゲナナフシ、ニホントビナナフシ、クロマドボタル
◆複数の谷戸環境を利用する生物
・爬虫類
ヤマカガシ、ニホンマムシ、シロマダラ、ヒバカリ
・鳥類
◇留鳥:ヤマガラ、オオタカ、ノスリ、フクロウ、エナガ、ヒバリ、イカル
◇冬鳥:ミソサザイ、ベニマシコ、クロジ
◆哺乳類
ノウサギ、ホンドタヌキ
4.変化する生態系
1)絶滅した生きもの・激減した生きもの
ミズニラ、ニホンカワトンボ、シュレーゲルアオガエル(?)
※1995年3月の埋め立てが大きく影響しているものと思われる。
シュレーゲルアオガエル:1995年の埋め立て以降記録が得られていない。
ニホンアカガエル:2005年以降、記録が得られていない。
ゴイシシジミ:近年激減し、2011年は県内でまったく記録されなかった。2012年も7月まで記録は得られていない。
2)増える生きもの
◇南方系種の進出・増加
さまざまな南方系の生物が北へ東へと分布を拡大したり、個体数を増加させている。中でも、昆虫類の事例が多い。
①蝶類
クロコノマチョウ、ツマグロヒョウモン、ナガサキアゲハ、ムラサキツバメ
②蛾類
ナカグロクチバ、クロメンガタスズメ
③直翅類
ヒサゴクサキリ、フタツトゲササキリ、ヒロバネカンタン
④半翅類
ヒメジュウジナガカメムシ、シロヘリクチブトカメムシ
⑤その他の小動物
マルゴミグモ
◇外来種の進入
植物:オオブタクサ、セイタカアワダチソウ、アレリウリ、セリバヒエンソウなど
動物:アオマツムシ、アメリカザリガニ、ヨコヅナサシガメ、ブタクサハムシ、アワダチソウグンバイ、アカボシゴマダラ、コジュケイ、ガビチョウ、ソウシチョウ、アライグマ、ハクビシン
5.笹窪谷、現状の問題点
・谷戸底の埋め立てや大型機械による水路の掘削など、自然環境の改変が見られる。
・過管理などによる生物多様性の低下
機械を使った管理(刈り払い機、チェーンソー、乗車式草刈り機)
※良好な乾性草地がほとんどない。
・藤沢市に残る“三大谷戸”の一つとして保全の方向性は打ち出されているものの、谷戸内を利用し、多くの人を招き入れたいと考える地域の人もいる。
「健康と文化の森」構想が消えているわけではなく、市も保全と利用のバランスを考えている。
・谷戸の生態系に配慮した保全管理の枠組みが出来上がっていない。
6.笹窪谷の保全管理―これからに向けて
1)なぜ、保全管理が必要なのか?
人が手を入れなければ樹林や草地の植生はやがて遷移していき、極相へと向かう。
極相を好む生物もいるが、環境は単純化し、生物多様性は低下していく。
2)保全管理に当たって留意すべき事項
※順応的管理の必要性
◇順応的管理とは
計画における未来予測は不確実性があることから、計画を継続的なモニタリング評価と検証によって随時見直しと修正を行いながら管理する、マネジメント手法。
①笹窪谷を特徴づける生物の生息に配慮した管理を実施し、
ex.オギ・ヨシ原、ススキ原などに依存する昆虫類が少なからずいることから、選択的な管理が必要。刈り込む場合も、地上から15㎝を残すというような配慮が必要。
②その後の状況をモニタリングし、
③モニタリングの結果で管理方法を適宜修正する。
※谷戸低地の保全のあり方についての理解の浸透
かつて、谷戸底を水田として利用していたからといって、周辺に谷戸環境が残されていない地域では谷戸底全体を水田に戻してしまうと環境が単調化し、生物多様性が低下してしまう。
・「緑化」が生物多様性を低下させる
「みどり」があれば、生物多様性が高いわけではない。
ex.「花いっぱい運動」などで、園芸植物などが植栽される際に、従来の草地環境が失われてしまう。
◆大事なのは、土(表土)と水、これらの上に形成された水辺、草地、樹林地
◆多様な環境を維持・再生させることで、生物多様性を向上させる。
参考
1.笹窪谷の変遷
笹窪:集落名で、笹久保とも書く。いずれにしても、「クボ」は谷戸地形を表した名前である。「笹」の由来は、「クマザサが群生していた」のではと言われているが、クマザサの自生地は京都山地に限られるので、他のササ類を指しているのかもしれない。
かつて谷戸底に12件の農家があったが、関東大震災(1923年(大正12年)9月1日)で地割れが起こって全戸が倒壊し、高台に移住した。現在もある墓地がその名残をとどめている。
・1980年代前半まで、谷戸底は水田として利用されていた。
・その後、藤沢市が1987年に策定した「健康と文化の森」構想により谷戸底を買い上げる方向となったことから、水田は徐々に休耕された。
・「健康と文化の森」構想に基づき、1990年4月に笹窪谷の南側苅込(カリゴメ)地区に慶應義塾湘南藤沢キャンパスが開設された。
・1995年3月、湘南ライフタウンにオープンした「とうきゅう」の建設残土が持ち込まれ、谷戸底の半分以上が埋め立てられてしまった。
・大庭自然探偵団、藤沢探鳥クラブの保全に向けた活動が継続される中、オオタカの繁殖が確認されたことなどが契機となり、谷戸奥の埋め立てが回避された。
・2001年4月、谷戸底の客土部分に看護医療学部が開設された。
・2001年~ 「遠藤竹炭の会」により、モウソウチク林の整備と「竹炭祭」が行われるようになる。
2.里山の生物と人の関わり
一般的に、里山環境は水田(谷戸田)や薪炭林(クヌギ、コナラなどの雑木林)など、人が維持管理することで豊かな自然が守られてきたとよく言わる。
しかし、歴史的に見るとそれは正確な表現ではなく、里山の樹林地は乱伐と保護が交互に起きていた。
太平洋戦争終結(1945年9月2日)以降、1960年代前半までは里山環境は比較的良好に保たれていた※が、1960年代後半に相次いだニュータウン開発のため宅地化され、残された里山もエネルギー革命により里山林は放棄されるようになった。
※生物のことを考えて作業をしていたというわけではなく、比較的少人数で鎌やノコギリを使っての作業だったため、短時間で広い面積が改変されなかった(管理の行き届いた場所、管理していない場所がパッチ状に存在した)ことが里山に依存する生物の生息を保証していた。
1970年代から始まった米の生産調整により、谷戸田も放棄されるようになったが、放棄されたことにより環境の多様性が高まった側面もある。