2020年11月23日

126 GO TO XXX 取り止め

 新型コロナウィルス第3次感染の急激な拡大を受け、政府はGO TO XXXの一部取り止めをやっと検討し出した。経済を回すこと感染症予防の両立が大事と喧伝されていたが、

経済が止まると、その方が影響が大きいとして、その刺激策が優先し、その延期、停止方法の戦略が事前に準備されておらず、混乱を増やし、時を逃している。感染症予防策は従来はクラスター発生の防止に専念し、それがある程度効果があるように見えた事がある。しかし、現状はこのような「もぐら叩き」のような個人の努力での注意喚起に頼るだけでは、効果が無いことを示している。以前、政府の検討会でも検査を充実し、感染者の隔離を進めるよう、提案され、無症状者、感染したときのリスクが大きいと思われる人、業種に対するものに絞ったものも検討すべきとあった。GO TO XXXばかりでなく、個人で気をつけろばかりで、ワクチンが近々でるよの希望的観測のみで、政府がやれる医療関係へのバックアップ、PCR検査について殆ど報道が無いのはどういうことか。(成り行きは)神のみ知ると戯けた事を言う前に、政府がやれる感染症防止策を最大限やるべきである。

2020年11月10日 

125 お答えを差し控える

 菅政権になって、国会で政府側の答弁に「お答えを差し控える」等の表現が俄然増えたとあった。これは説明責任を果たそうとしない姿勢の表れとか、答弁能力の無さとか載っているが、肝心なのは何を隠しているのかであり、何らかの言葉があれば良しとはならない。

2020年10月1日

124 全権委任法

 菅首相は日本学術会議が推薦し内、6名を除外して任命した。法改正で法律上、任命するのは首相であるとして、今回実施した。従来は推薦された候補者を追認する形で、学術会議の独自性が担保されていたが、今回任命しなかった人が出た理由を訊かれると、「人事の事は明らかにできない。首相の下の行政機関である学術会議において、政府側が責任を持って(人事を)行うのは当然だ。学問の自由の侵害には当たらない」との認識を示した。門切型の回答と、指摘された事の単純な否定形の毎回の木で鼻をくくったような回答に終始している。更に「国民に信任された政府として、事前にやるよと説明している内容と異なる意見の人には辞めてもらう」旨の発言があったのは、恐るべき事である。あのナチスの全権委任法は当初は心地よく感じられたものが、悪夢になった例を見るまでもなく、政権信任は当然100%でなく、見かけ上多数を占めているだけである。民主政治のために、面倒でも納得できる手続、了承を得て、悔いの無い選択ができるチャンスがある仕組みを保持しておくべきである。

 2020年9月11日

123 政治の空白は許されない その2

 首相選挙に「政治の空白は許されない」のスローガンがあるが、自由民主党議員の本音が

分った。この意味するところは「後継者は安倍首相の行って来た政策を変えてはならない」

との意味で、菅氏が党内で強く推薦される理由がよく分かった。

2020年9月4日

122 政治の空白は許されない

 辞任する安倍首相の後継者選出に、「政治の空白は許されない」として、(自由民主党内の事であるが)拙速的な(派閥議員を中心にした)選挙の仕組みが決定されている。安倍首相は自ら未だ首相の座にいるとしており、閣僚に指示を出しており、従来から政治の空白は生じていない。これが高らかに喧伝されているのは、後継者は安倍首相に反しない人を選出するとの思いを忖度した結果で、茶番劇に見える。多くの人は安倍首相には代わってもらいたいとの願いだけで、その点で関心があるようにも思われる。

2020年8月28日

121 慰労の言葉

 安倍首相が体調不良を理由に、首相の座を辞任する旨の記者会見があった。後日、同席した記者から首相への労いの言葉が無かったのは遺憾と言った評論家がいた。この記者会見を個人の慰労会見と勘違いしているのでは。安倍首相は当面首相の座に残ると明言しているので、在職中の従来の記者会見と何も異なることはない。無粋と思われる記者質問でも、真面に回答してきてこなかったご仁に、無礼と思われる質問には、それを許さないとの空気があれば、その方が恐ろしい。政治の新事実もこのような無粋なことから私たちが知す事も多い。個人の温かみとは異なる。

 2020年8月18日

120 GDP最悪の下落

 内閣府はコロナ危機のため、4~6月期、GDPが年率換算で前年比で28%減ったと公表した。(緊急事態宣言による)人為的経済活動停止の影響が大きく、再度緊急事態宣言は難しいとしている。GDP下落には個人消費の落ち込みの影響も大きく、これはコロナ感染症に対し、安全、安心が広まれば、人為的指示が無くても、回復する可能性がある。今やることは、経済への人為的アクションでなく、コロナ感染症に安全、安心見通しができる政策でないか。

2020年8月15日(9月3日一部追加)

119  戦死者石碑

  終戦から75年の節目の8月15日、政府主催の全国戦没者追悼式があった。「戦没者之霊」の標柱の前で戦没者約310万人を悼んだ。遺族、当時を知る人が年々減り、戦没者個人の事を知る方法は減ってきている。ここ笹窪谷内でも戦没者を合同追悼する観音さんの像があるのみで、個人の墓碑は2箇所のみ、それも昭和16年に戦死した職業軍人の墓を見る。何故多数の戦死者個人の墓石が無いのか不思議であった。後日知ったことは当時、戦死者は靖国神社―護国神社ー忠魂碑の中で慰霊が位置づけられており、戦死者の遺骨が戻らなくなると、戦死者の墓は「家墓」に入れず、共同の慰霊碑等になった。戦争を美化する忠魂碑等はGHQにより廃棄されている。

 戦死者を一括して戦没者○○万人と記す石碑が多い中、今年は新型コロナウィルス感染症のため、外出がままならぬが、数年前、参った下記の石碑は印象的であった。

 多くの大学が慰霊碑の建設、祭儀も行っていない中、東京大学医学部は15年にわたる戦争(満州事変、日中戦争、太平洋戦争)で同学部先駆者の中から200人を越える多数の戦没者を調べ、「東京大学医学部戦没同窓生の碑」を不忍池脇に残している(東京大学医学部戦没同窓生追悼基金 2001年 同医学部教授会が同大学構内に設置を認めないのは、どのような心情によるものか)。 

 彼らの多くは医療従事者として、アリューシャン列島アッツ島からニューギニア、ガダルカナル島、中国、東南アジア、沖縄に拡がった戦火の中で、また広島・長崎で原子爆弾の劫火に斃れた。当時の医学部学生のかなりの人が国家の犠牲になっている。石碑にある個人名に○○沖で戦死とあるのを見ると、無防備のまま輸送船が攻撃され沈没し目的地に着けず、恐怖と共に無念であったであろう。また、場所不詳も多数あり、国でも何の情報を持っていない例もある。当時の為政者の無責任、無能、狂信性が思い出され、不快になる。天皇の玉音放送を知っている人から戦争を見るのではなく、そのかなり前から芽生えていた当時、気づかずにいた、後日、人の命を奪った狂信的な世情の癌に各人が想像力を駆使し、レビューを巡らすことは、先人の運命を悼むばかりでなく、戦争を防止する力になると思う。

2020年7月6日

118 安全、安心感

 7月6日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会(第1回)が開催され、席上配布の資料がネットで公開されている。それを見ると、資料4 構成員提出資料(たたき台)に検査体制の拡充するための、基本的考え・戦略がある。そこで検査体制を3つのカテゴリーに分け、1・有症状者(症状のある人)2・無症状者:感染リスク及び事前確率が高い場所・人

例えば、感染が1例でも出た病院あるいは高齢者施設の濃厚接触者や、夜の街クラスターに関係する人 3・ 無症状者:感染リスク及び事前確率が低い場所・人 例えば、安心のために、検査を通じ地域の中で、社会・経済・文化活動等を行いたい人とあり、今後、検討するよう答申されている。1,2は今まで行われてきた検査体制の改善提言で、今回新しく3が提言されている。

 コロナ関係、色々得られた知見が報告され、新しい事実を知ることで、コロナに対する「安全」は増えたと感じられる。車が出現した後、車に対する知識、知見が増え、with 車社会になっても、交通事故(コロナ感染症)を過度に恐れなく対応している心がある様に。しかし、コロナにどの様に対処するのか、全体を鳥瞰するデータは無く、今後の戦略的な方向が出ておらず、無症状者からも感染するので、気をつけろだけでは、「安心」は得られない。特に3密に気を付けて、高齢者は感染しやすいと言われるだけで、気が滅入るだけではなく、これでは経済活動もままならない。「安心」を得る1つとして、検査を充実し、感染者の隔離を進めるよう、既に何度も提案されていた。今回、上記で無症状者、感染したときのリスクが大きいと思われる人、業種に対するものに絞ったものも検討すべきと、やっと提言された事に呆れる。次回分科会結果を注視したい。検査方法の技術的課題を多々指摘し、検査数を増やしたくないように見えるのでは、多くたの人の安心感は得られない。検査数が増えると、その対処が(医療崩壊を来すと暗示しているだけで、それを明言するのであれば、その対策を検討すべき)大変で、検査数を増やさないとの説明は屁理屈である。この件で担当部署は明確に言わないが、言動から推測できる事が出てきた。感染していなくても、検査で少数ながら感染(擬陽性)となるケースがあるので、それで人権侵害とされないように、厚生省はそれが検査数を増やせないのは否定しても、その説明に擬陽性の問題をわざわ大きく取り上げている。政府関係者がPCR検査を増やさねばならないと、言わざるを得ない状況にやっとなった(8/10)。

20年7月4日

117 養人場,集人場

 新型コロナウィルス感染症がまた、ぶり返す状況になっている。これで思い出すのは鳥インフルエンザ発症で、養鶏場、また豚熱(以前は豚コレラと言っていた)発症で、養豚場、鶏も豚も完全に殺処分されている。人から見ればリセットすれば済む感じである。今回の人に感染した新型コロナウィルスの現場では、これら養鶏場、養豚場の様に、全く密で、経済効率を狙ってこんな言葉は無いが、「養人場」、「集人場」が連想される。我々は当然、リセットされてはならないので、「養人場」、「集人場」を変えていくしかない。

2020年6月21日

116 プチ贅沢

 今回の新型コロナウィルス感染問題で、人々は安全、安心が得られず、多くの人の生活様式が大きく変わった。収入減もあり、今まで僅かばかりの楽しみとされていた、飲食、外食、エンタメ、旅行等プチ贅沢と称されるものが、大幅に減らす運命となった。本来の生活に必要なものは何かを見直す機会になっている。その中で株価が急落から高騰に転じ、喜んでいる人もいる。実体経済を反映せず、必要な所に融資せず、金の行き先がないとして、儲けるチャンスとして単に投機に向かうのは嫌悪感だけでなく、人々の経済格差を広げるだけである。最後は懲りるずに、コロナバブルに帰するだけかもしれない。

2020年6月17日

115 99.9%減

 5月に日本を訪れた外国人旅行者は昨年同期より99.9%減少したと報道されている。数値の比較に%を使うことに固執し過ぎている感じを受ける。このような場合、千分の1に減少したと表現すると、よくわかる。過日、外出を80%削減しろといわれたが、5分の1に減らせの方が即実感できる。50%増加と表現しているものを見るが、1.5倍とかとし、50%以上の%値は分数とか、倍数で表現するとかの工夫が必要では。%値は0~40%程度で使うか、100%に対し微小に動いた事に使うと分かりやすい。

2020年6月1日

114 緊急事態宣言解除

 経済活動が再開されたとしても、何か安心感が無く、益々困窮化してきている人が増えているとある。この要因に新型コロナウィルスの事が殆ど分かっていないこともあるが、感染症の実態情報が伝わっていない事が大きい。・・・の可能性がある、・・・かもしれない、個々に・・・の事があった等、所謂、科学的、事実に基づいた身近な客観的な科学的データが示されておらず、単に不安感を増強している。過酷な状況に不安が募り、他人の行動を糾弾する“自粛警察"などが問題になる日本、前向きでいること、人を思いやる気持ちを忘れずにいたいと、改めて思う。毎日、国の専門機関の専門家らによる記者会見が放映され、状況を理解するために必要な情報が発信されたため、政府の判断が信頼されている某国と異なり、今の日本の内閣、厚生省にはこのような気概は無い。過剰と思われても、効率が悪いと言われても、各人最大限の対策を取り、感染症を減らすしかない。これは当然、国の成果でないことは、多くの人が実感している。最近になって、余裕が出た?として、PCR検査数が増え、その結果では陽性率は僅か0.1%とある。これは1000人に1人で、多くの人が免疫を持っていないことを示している。海外ではこの100倍の陽性率とあるが、日本ではこれからの新規感染では感染爆発が懸念される。ワクチン開発が成功し、各人免疫力を得られるのが早いか、感染爆発で多くの人が感染し、明治以前のコレラのように弱い人は淘汰される、生物進化の宿命しかないのかも知れない。

2020年5月25日

113 PCR検査

 政府は全国的に出されていた緊急事態宣言を解除した。会見席上、PCR検査の更なる増強を質問された政府関係者が「(検査で)新たに新型コロナウィルス感染者を増やしたくない。発症した人した周辺のクラスター感染防止のため、PCR検査を行っていく」とあった。これで、PCR検査が増えない理由が明確になった。PCR検査を行い、感染者を事前に隔離してはの論調に全く答えていない。今まで各人が行ってきた自粛行動は、PCR検査が徹底し、感染状況が分かるのであれば、その範囲が絞られ、これ程世間が経済的にも不安にならなかったかもしれない。私たちは見えないものには最大限防御態勢をとるのは当然でも、次回2次感染で感染者が急増したした時、今回の自粛行動の繰り返しではなく、どこに「コロナ」がいるかを知るのが大切になる。近々、スマホの位置情報から感染者の近くにいた人に連絡し、その人にPCR検査するシステムができるとしているが、発想は従来と余り変わっていない。

 感染状況を全国的に明らかにすると、医療崩壊する理由で退けているが、多く市民に感染状況を知らされず、自粛行動だけが押し付けられていては、身は持たない。

5月3日

112  緊急事態条項

  今回、新型コロナウィルス感染症防止のため、緊急事態宣言がされているが、憲法記念日に合わせ、効果が不十分であれば、法的根拠がないものではなく、(憲法に)緊急事態条項を作れとの意見が出てきている。他人の行動を非難し、政府が取り締まれと言う輩が出るであろうが、与党がどさくさ紛れ、現行法で最大限効果を挙げるよう努力せず、憲法改正で解決できるとの幻想を出してきている。

 「有事の際の政府権限を定める緊急事態条項を創設する議論が必要だ」ではなく、現行法で政府、各人ともコロナ対策で最大限努力し効果を上げることが大切である。

4月26日

111 新型コロナウィルス感染データ

東京都は新規感染者の数が低下しつつあるとして、緊急事態宣言が5月6日には見直しできる可能性があるとの論調がある。全国で感染者総数1万4千、1日の新規感染者4百とあり、死者総計4百とあるが、余り触れられていないが、私が注視しているのは、回復退院者総計2800名(総感染者の僅か2割)、1日の新規回復者150名である。これより見ると、感染するとなかなか回復せず、長期入院で死者が増加しているのではと思う。新規回復者が新規感染者より小さい限り、入院者が増え続けていると判断し、医療崩壊が進んでいると判断する。回復傾向にあると判断できるのは新規感染者が新規回復者を大幅に下回る日が続く必要があるのでは。この辺の公式のデータ整備、解釈、説明が殆ど無い

評論家で著述家の真鍋厚さんは、そもそも「生物としての人間」の限界を超えていた働き方をはじめ、無理のあった社会と向き合わざるを得なくなった(5/3 Webニュース)。

4月17日

110 緊急事態宣言

 安倍首相は緊急事態宣言を全国に拡大すると発表した。新型コロナウィルス感染の広がりを防ぐのを目的としているが、経済の落ち込み防止、10万円各人に配布するとか、確固たるメッセージが無く、従来の方針変更は申しわけないと言うだけである。記者会見の画面を見ていると、ただ弁解に終始し、自信が無く、リーダーシップの無い顔には失望した。今回のリスクマネジメントで、都度小出し、2週間後、様子を見て改変している間に、ウィルスに先を越されている。「本来、リスクマネジメントでは、最悪の事態を想定し、(対策案を先につくり)、確認がとれたところから解除していく(4/17、神里達博氏 朝日新聞)」のを逆をやっている。

   日本のマスコミでは、欧州の感染者、死者が多く、日本は何とか踏ん張っており、日本の方がましとの報道がされている。現地からの連絡で分かった事がある。確かに欧州では初期対応は滅茶苦茶であったが、操業停止や仕事ができないことに、政府の保証が早く明確に出ており、その支払いは始まっている。経済問題はさて置いて、コロナ撲滅に集中できている。日本ではこの点を政府が明確にしていないため、人々の不安が増すのみである。

4月5日 

109 2000年問題

 20年前、20世紀最後の年、2000年にコンピュータシステムで、年号が19XXから2000に

カウントアップされた時、システムが適切に認識できず、世の中が混乱するとして、何年も前から、政府、民間で対策を取っていた。結局、問題なく克服されたことは周知のことである。一方、今回の新型コロナウィルスのパンデミックは、人が作ったシステムの外からのことであるが、以前より有り得ることと認識されており、対応は2000年問題での先人達の対応に比べ、お粗末である。金になることにはインセンティブが働くが、金を失うことには命が

関わっていても、なかなか動かない。

3月30日

108 新型コロナウィルス感染率

 新型コロナウィルス感染症が増えるに伴い、外出自粛要請も出ているが、若者は自分には関係無いとして盛場にかなり出ていると指摘がある。これには感染率の報道の仕方にも問題があるのではと思う。感染しても8割は軽く、自覚症状も無く、入院が必要なのは2割、死に至るのは(高齢者を中心に)3%程度とある。これで思い出すのは病院で手術をした時、麻酔医がまず言うのは、麻酔で不可抗力で1万人に1人位、不本意でも命を落とすとある。上のような説明では安心バイアスが掛かり、多くの人(特に免疫力がある若い人)は自分は大丈夫が先行してしまう。致死率3%は医療関係では極めて高い数値で、30人に1人が何の対応もできず死亡する事実が徹底できれば、自分のこととして理解が進むのではないか。つまり、1万人感染者が出ると、300人は命を落とすと容易に想像できる。感染者が急増し、医療崩壊では致死率はこれよりかなり高くなるのも予想できる。

 毎年流行るインフルエンザはこれより悪いかもしれないが、対処方法としてワクチン、治療薬があるとして、人は落ち着いているが、新型コロナウィルス感染症では未だ、何れもなく、人々の不安な状況が続いている。また、感染症患者増大に伴い、そのデータを統計的に処理して説明するだけで、ウィルスそのものが分かっていないことで、私たちの不安が増えている。

3月17日

107 過半数は幻想

 ネットが社会を分断?として、2つの相反する意見の論争を新聞で見た。1つは「ネット右翼」と称する少数が「論破」という言葉で排外意識を強めているとある。その他の人は所謂ノンポリで、このような問題に殆ど関心が無い。その結果、社会が分断される方向になるとしている。もう1つは意見を出さない大多数を調査すると、中庸な意見が多く、ネットで社会は分断されていないとある。これは調査にバイアスが掛かっているとみてよい。元々、関心の無い人に質問しても、当たり障りのない中庸の意見になるのは想像でき、実体のないものを入れてネットは社会を分断していないとの結論は飛躍がある。民主主義は過半数の意見が正論になるとしているが、このような状況では他より人数が多い多数決がまかり通っている。頭で過半数を想像してもそれは実体のない幻想ではないか。政権がそれ相応の支持率があれば、継続される理由でもある。 

3月5日

106 トイレットペーパーが消えた

 今回のマスク不足に加え、トイレットペーパーが店頭から消えたとある。トイレットペーパー不足はデマであり、信じるなとある。ある経済学者は自分はそれはデマと信じているが、他人がそのデマを信じ、トイレットペーパー買い占めに走ると、全体で品不足になり、自分は手に入らなくなる可能性があるとして、自分が買いに走ることは経済的に合理的な行動であるとしている。では、逆に市中に出回った時、かなり余るので価格が下がると予想され、その時、まとめ買いの方がより経済的に合理的な行動とはコメントしないのは不思議である。経済学者がコメントして正当化することではなく、「自分だけは不足で困窮したくない」とのエゴが実情である。

2月27日

105 安倍首相の要請

 新型コロナウィルス感染問題が拡大していく中、安倍首相は同感染拡大を防ぐために、全国すべての小中高校と特別支援学校について、3月2日から春休みに入るまで臨時休校するよう要請した。これを受けて、独自に判断して方針を決めた自治体もあるが、一部に影響が大きいとして、政府に対応を求めているのは、法的根拠がないものに、政府に一任し緊急事態条項を作れと言うのに等しく、個々の自治体の主体性を失う恐れがあり、このような自治体の対応力の無さは感じが良くない。

2月26日

104 新型コロナウィルス感染防除

 やっと、政府はこれに対する基本方針を出した。患者の集団が「クラスター」と呼ばれる範囲から、不特定多数の場所に広がらぬよう目指すとしているが、感染者を軽い症状の段階で見分け早く防除するために、PCR検査をする事に消極的である。このように不安な状態では、テレビのコメンテーターが言うには、世界から東京オリンピックはやれなくなると指摘している。私は初めはこれは金の問題、検査機関のキャパシティの問題と思っていたが、今では上記コメンテーターと言うことの対偶(逆の逆)で、検査で汚染が広がっていることが公式になると、本当に東京オリンピック中止となることを恐れている結果ではないかとみる。何とかやり通せれば、オリンピックを必ずやるための考えかも。

2月20日

103 結果責任

 新型コロナウィルスの集団感染が起きたクルーズ船の状況、更に国内に感染が広がっている状況に、厚生労働省は今までの対応指示に問題や責任は無いと言う。感染問題が出だした時、厚生労働省はしっかりした防除対策全体像が示せず、個別にしか対応できず、国内のキャパシティ(対応容量)が十分でない事は明確で、明確化で国民のパニックを懸念したと言うかも知れないが、所掌の行政としては、瑕疵があってはならないとの見栄で、正確な情報が出せなかったとみる。過ぎ去って、問題点指摘されても、当事者は安泰?であろうが、それを所掌している行政としては、認めがたい数値や実情が他のルートからでも、国民に明らかにされると、これに対し、当事者は自分の身を守る嵯峨があるのでは。他者からは結果責任が追及される。「結果責任」は刑事上のややこしい定義がされているが、ここではそれとは多少違い、これが生じたいきさつ説明、何が問題であり、どう改善していくかを明確に説明していく責任である。机上論議だけでの説明の有無だけでは有意義なものにならない。

2月9日

102 マスク不足

 新型コロナウィルスによる肺炎問題で、市中のマスクが不足とある。これが個人のレベルであれば、何とか冷静に対処できるが、国レベルになると異常なことが起こりえる。観光で名所めぐりや由緒ある場所、古い工場等を巡り、現場にある歴史説明文を読むと、中に・・が不足したため、・・・となったの主旨の文章を見る。特に1930年代~1940年代の歴史経過の説明に、石油が不足したため、代品の・・・を、食料が不足したで、・・・増産、兵力が足らぬために、招集して・・・とか、主語に軍の要請とかもある。消耗戦の戦争中、〇〇が不足すると、人々は狂信的になり、それを乗り越えようとする忌まわしい行動が見えてくる。物ばかりでなく、目に見えない情報、意見等まで不足する時代になってはならない。欠乏でない事で、人々を愚かな行為から退けられる。

2月6日

101 無罪と無実

 トランプ大統領の「ウクライナ疑惑」をめぐる米上院の弾劾裁判で、無罪判決があった。当初、大統領側はそのような事実は存在しないとしていたが、裁判が始まろうとすると、魔女狩りで告訴者は品位の無い行動をしているとの汚い言葉で罵り、事実上「ウクライナ疑惑」の存在を認めたに等しい。法的に問題無いとして無罪として勝訴したとしている。無実ではないのは、問題が再現する可能性を残しており、トランプとして、当面は勝ちでも、長い目では敗訴である。

2月1日

100 英国EU離脱

 英国のEU離脱は21世紀初頭の国家統治と国際秩序、グローバリゼーションの「歪み」を反映した結果とある。私には自分たちの生活の苦しさを解決するためには移民を排除し、格差社会解消(どのように実現するのか分からないが)、これらのいら立ちのもと、とにかく、今の縛りから逃れれば、新しい未来があると思った結果ではないかと思う。少し、自省した言葉では「自分ことは自分で決めるのが民主主義だ」との妄言で正当化しているとしか思えない。国のレベルでも「頭にきた」はあるのかもしれない。個人の苛立ちは6秒で沈静化するとあるが、国がもし怒りの中にあるとすると、沈静化に何年も掛かるのでは。

1月18日

99 24時間営業は必要か

 新聞の土曜特集に、店の24時間営業は必要ですか?読者へのアンケート結果があり、興味深く読んだ。各人の本音、利用している立場上からの意見が多く、結果的に24時間営業は必要無いと道義的な意見が多数を占めている。このような問題が出てきたのは、経済的に損得を押し進めてきた結果で、どの様な方向に向かうのかは、私が思うのは、経済的に成り立たなくなれば、24時間営業は自動的に無くなる。利用者からは選択の利便性を優先するか否かの選択の問題で、全体としては店を利用する機会が無くならなければ良いだけの事である。

1月15日

98 地球過熱化

 東京ではついに氷が張る日がなく、今冬は気温が高い日が続いている。平均気温が例年より高いと、時にはそれより寒い日も経験しているので、単に統計的な問題と思ってしまう。今まで言われてきた地球温暖化の言葉がよぎるが、世間で言わている気候変動、地球温暖化ではなく、もはや(英国で提唱されている)「気候危機」「地球過熱化」の表現で多くの人の感覚、行動に訴える言葉にしていく時であるのでは。

1月11日

97 認知症

 NHKで「認知症の第一人者が認知症になった」が放映され、認知症治療の第一人者として活躍されていた長谷川和夫氏が、認知症になり、本人からのレポートを含む番組を興味深く見た。本人が言うには、眼で見る周囲の状況は現在も過去と同じで、何ら変わらないとある。リアルタイムの脳、昔の脳は正常でも、その間をつなぐ脳の認識力、記憶力に障害が出て、それが徐々に悪化することで、他人との関わりができずらくなり、本人も不安であるが、周囲がそれを認めず、何とか戻そうとすることからトラブルがある感じである。眼が悪い人、脚が悪い人等では外からどんなものであるかが予想できているが、脳の機能が悪くなる認知症も同じようなものと理解できればと思う。人との関りは記憶力、認知力によるところが多いので、これが困難な場合、人間として尊厳があるとして、人の関わり方、認知症になった本人のありかたを考えさせられるものがあった。赤ん坊は人との関りは難しくても、成長ととも解消していくことを皆が知っている。認知症でこの逆に衰えていくことには多くの人は認めがたいものになっている。

  1月30日、湘南慶育病院で市民公開講座で認知症の話があった。医療関係者として、予防の話が多い中で、そのような人への対応の仕方は具体的で為になった。事実を説明し、説得するのではなく、本人が納得する対応が重要とある。聞かれたことにまず回答し、質問の不合理は載せない。徘徊は何故外出したのかを穏やかに尋ね、話を合わせて興奮を鎮める。妄想で財布をとったと言われた時は、困りましたねと言って一緒に探すふりをして本人に見つけさせるのが良い。

2020年1月5日 

96 成長の限界

 新しい年2020年の幕開けであるが、今朝のTBSテレビの「サンデーモーニング」で幸せになれない時代(混乱の背景)の放映を見た。コメンテーター涌井雅之氏が言う通り、混沌とした世の中の背景に「成長の限界」がある。ローマクラブが1975年に提唱したもので、人が頭で作り出した経済の仕組みも地球そのものにも限界があり、今の世の中では、これを必死に突き破ろうとしている姿が見え隠れする。私はIT時代と言えど、人は理性あると思っていても、未だはっきり意識されていないが、命に係わるものとして(動物の)本能が出だし、ここにも理性ある人間の劣化、限界が出だしていると思う。これを乗り越えるには相当の覚悟が必要であろう。これが新型コロナウィルス感染症のパンデックに繋がっているのを後日知ることになる。

2019年12月31日

95 言葉が貧弱

 今年も政治家、企業家の不祥事が多発し、その記者会見での説明に、例えば朝日新聞に「政治家の言語能力不足」とある。よく説明すれば理解ができると思うのとは違う。本人が押し通したいこと、他を批判するときに、幼稚、品性が無い言葉を使うのは、幼児が言うことに何を言いているのか理解可能であるように、本人の言葉が貧弱で伝わらないのではない。トランプ大統領の発言はこの意味で言葉が貧弱と言う人はいない。言葉で遺志疎通する気がないだけである。人が言葉を使うようになっても、未だそのその利用は発展途上で、言葉を正しく使わない人に対しては他の五感、他の方法も使うことも大切である。

2019年12月12日

94 石炭火力発電

 12月11日、スペインで開催された国連気象変動枠組み条約締約国会議(COP25)で、

小泉環境相は石炭火力発電の抑制策を何ら打ち出せず、世界各国から顰蹙をかった。先に同相は日本の石炭火力発電では発電効率がかなり改善されるとPRしていたが、発言場所を間違えている。経済問題の発言場所ではない。何も改善しない状態を想定し、そこから改善があるとして、その差を大きな改善という毎回のパターンである。そもそも、その前提となる計画自体を反故にしなければならないものである。CO2排出削減は、既に命の問題として最優先課題になっていることに目を向けない現内閣のもとでは、小泉信次郎は一動物園の人寄せパンダ以下である。この批判があるのを公式に認める(何もできないが)ことは同相の人寄せパンダとして人気がある所以でもある。

2019年11月14日 

93 零の意味

  安倍晋三首相は周囲が疑惑を持つ「桜を見る会」を来年は取りやめると発表した。取りやめて何もしない(零にする)ことの周囲への影響は大きい。数学では0を使った加減演算では以前の結果に何の変化ももたらさず、掛け算では全てを無(0)にしてしまう。割り算では0以外の数値÷0は計算不能で課題にならない。他者も自分も0では0÷0の解は何でも良いとの不定で無責任な結果となる。そもそも他者は0ではない。「桜を見る会」には過去のいきさつがあるので0ではなく、次に取りやめ(0)では問題解決ではないことは、くどく数学を出さずとも明らかである。

 更に最近になって証拠書類は廃棄した(0にした)とあり、0でないものを無理に0にすることは当然、その周囲に特異点を作り、問題を引き起こす。仮に0ではなくマイナスにすると、問題点があることを留意させ、本来のプラスになる可能性が出る。

2019年10月23日

92 人に寄り添う

   今回の台風による被害地復旧に関し、多くの「人に寄り添う」の言葉があった。これは逆境以外の正常時でも使える言動である。

 ネットのニュース記事にシンガポールの海岸地区で22日、ドローン(小型無人機)技術をベースにした「空飛ぶタクシー」が試験飛行を行った。開発企業は、このタクシーが渋滞に悩むアジア各都市での交通革命につながればと期待している。今回の試験では安全を期するため、パイロット1人が搭乗した。とある。

 今のグローバル化した利益優先の経済状況では、先々、全く無人化されるものもあろう。しかし、安全を気にしてパイロットがいるドローンを使ったり、従来の地上を走るタクシーに乗る人もいるだろう。このように(できる限り人が介在する「人に寄り添う」方式は今の資本主義のままでの限界を回避する一方法かもしれないと思う。地方に出て生活する若い世代にその目はあるかもしれない。

2019年10月16日

91 膿を出す

 関西電力と地元行政関係者との不祥事が発覚した。マスコミも膿を出す好機とあり、膿を出すことで問題解決できるような気になる。元々、医療現場では患部には必ずしも膿が溜まるわけではないようである。今回はたまたま外部より異常が見つかった。自分の体の異常を自ら知るように、世の中の問題を認知する方法を理解したいものである。当然ながら、膿を出しただけでは、原因究明、再発防止はできるわけではない。

2019年10月4日 

90 恥ずかしくないのか

 スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさん(16)は9月23日、ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットに出席し、「あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。恥ずかしくないんでしょうか!」 地球温暖化に本気で取り組んでいない大人たちを叱責した。今回の我国の消費税増税に対しても、マスコミはどう買物するとお得になるかに奔走し、政府も税金の使い方の検討よりは景気に悪影響出ないように必死である。共に検討すべき事をしないで恥ずかしくないのか(次世代から見ると、この言葉になる)。

2019年9月20日

89 悔いの無い選択

  神奈川県東部で永く、オオタカ営巣地保全活動を行ってきた。神奈川県オオタカ保護指導指針に基づき、アクションを取るが、この指針が無かった頃は、オオタカ営巣地の開発可否は不毛な〇Xの2言論が展開され、解決を図るための有効な法律も制定されていないこともあり、多くは力関係、無関係と思われる法律で開発がごり押しされ、挫折感を感じる事が多かった。この指針には残念ながら強制力は無いが、関係者の理解が少しずつ進み、これで可能な限りの対応が取れれば、結果的にXとなっても、できるだけの事はしたとして、悔いの無い選択ができたとして以前とは違う気持ちになる。(正論が普通に通るようになる努力は継続ずべきではある)

 これに関連して思うのは、昨日、強制起訴された東京電力旧経営陣に対し、福島第一原子力発電所事故責任に無罪判決が出たことである。東京電力旧経営陣は、国も含め、原発事故、原発運転停止に関し、常に二元論でX(あり得ない):狂信論?と考え、現行防波堤を超える津波が有りうると知った時点で、何らかの対策が無視されたのは、被告は悔いの有る選択であったと痛感しているであろう。仮に事故は結果的に防げなかったとしても、当時、考えられ可能な限りの対策を取っていたのであれば、私たちの原発事故への怒りは無くなることはないが、悔いの無い選択ができたとして、別の新しい展開が期待できたはずである。その点で今回の東京地裁の判決は被告、国に忖度していると言わざるをえない。

2019年8月15日

88  戦争を語り継ぐ

 今年も戦争を知っている人の体験を聞く事が多くなった。今ではあの戦争を知る世代が少なくなり、歴史が風化するのを恐れるとあるが、また聞きの形でも、後世に語り続けていく努力は続けていかねばならない。最も過酷な経験をされた方は、多くは戦死しており、その部分は分からない事も多いが、当時の体験の一部でも見聞きして、狂信的になった集団が滅亡に向かって、突き進む様子を思い起こし、二度と戦争は起こしてはならない気持ちを共有したいものである。しかし、当時の為政者は証拠書類を焼却し、口を噤んだままである。その中で、戦後間もない時の兵士ではない若い女性の証言に気になるものがある。「神国日本は戦争に負けるはずはなかった」とか、学徒出陣で、兵器製造工場が空襲を受け、仲間が多数死んだ中で、「お国のために十分奉公でず申しわけない」とか、広島市被爆で、その中にいた女子児童が「憎き鬼畜米英、必ず仇を取る」とか、戦争の流れを加速させた心の内は何なのか。災害と違い戦争の忌まわしさは狂信的になった集団の意思が作り出すもので、目に見える具体的な戦災の惨さを知る以外に、それを作り出す人の心の内を教訓として知っておくことは重要である。

 後日、NHKのラジオ深夜便で、アニメ「この世界の片隅に」の主人公すずさんを模して「あちこちのすずさん」で全国の戦争体験者の話を聞いた。その中で、岐阜県の30代の人が、体験を単に悲惨であったとして、笑い話のようなノスタルジーに浸っているのは違和感がある。今行われている戦争で、当事者にはこのような余裕は無い。未来に向けて戦争を阻止するシュミュレーションに目を向ける方が大事とあった。若い方で現在、未来を見ている人がいる。「同調圧力」が蔓延しないよう見ていかねばならない。

2019年8月10日

87 おしゃべり広場 

 Facebookは月間アクティブ利用者数が世界で24億人に達したとあり、全世界人口のかなりの割合になり、少し驚いている。この中でSNSについて少し考えてみた。SNSは「おしゃべり広場」であり、人は他人とおしゃべりして他人と情報を共有したがるものとあり、パソコン、スマフォが出現する以前より、偽情報、いじめ、炎上は経験してきている。IT社会ではその数、同時性、炎上のの程度が異次元になっており、その弊害のみを問題にしていたが、人の気質は変わらないので、この社会現象を文化として理解できた気がしたまた、人には他人が知らないこと教えてドーダする気質もあるので、SNSは文化として使いようであると思うと、あれ程使うまいと思っていたスマフォをそろそろ使う気が出てきた。使い勝手や余計な出費、携帯会社が年配者にスマフォを勧め、金を使わせようと策略?していてもそれは、別に考える問題である。

2019年7月9日

86 ヒューマンマシンインタフェース(HMI)

   嘗てはマンマシンインタフェース(man machine interface)と言っていた時があるが、コンピューター用語としては現在では human machine interface(ヒューマンマシンインタフェース、HMI)とする方が普通です。

 あるアルゴリズムの基に動かしていたものを、電子計算機と呼んでいた時代があったが、情報伝達、コミュニケーション(人間の間で行われる知覚・感情・思考の伝達:ウィキペディア)を扱えるようになってからはコンピューターと言われるようになっています。現在のパソコン、スマホ等ではその技術、使用方法は未完成で発展途上にあると思います。

 ヒューマンマシンインタフェース(HMI)は人間が機械を操作したり、機械が現在の状態や結果を人間に知らせる手段やそのための道具のことを指しますが、その入出力は以前より格段に進歩しても、人の五感から頭に入出力する箇所で生身の人間の生理現象の限界があります。例えば、入力するのに言葉を選ぶのに時間が掛かる、多数フォローされても、その数が多いことしか実感できず、中身を検証できず、「いいね」が多数で「どーだ」の目立たがり屋や逆に「炎上」で互いに気分を害したり、個々の意見に対応できない等。つまり1:多数の情報処理に向いていないのではないかと思っています。SNSで多数と連携できるとありますが、やはり1:1のコミュニケーションが基本であると考えると、現在のSNSをやらない理由が見えてきます。(当然、中には数は少なくても、良い問題提起もあるのは承知しています)

2019年6月24日

85 AIはあなたの仕事を奪う(その2)

 2018/8/26に62でパイを奪い合う限り、AIはあなたの仕事を奪うとした。経済的弱者を救うためベーシックインカムが提案されていたが、結局、経済的パイの中の問題で、財源が無いとして見通せなくなっている。最近、AIで出した判断の経過がブラックボックス化され、その根拠が見えないとして、AIを使うのが難しいと言う人が出てきている。AIは無数のビックデータを扱っており、人の感性は精々知り得た有限のデータから得られたもので、人がAIの出した結果に異議を感じてもおかしくはない。事故責任リスクがある車の自動運転、未だ相場師が幅を利かせている金融関係、確率でしか言えない医療関係等、生命が関わる分野や個人が「どーだ」を顕示する分野では人が主役で残るかもしれない。AIを使ってより幸福な社会を構築するには、経済指標を超えるものが必要であるのは確かである。

2019年6月18日 

84 年金2000万円不足問題

 これは、高齢者夫婦の厚生年金給付が月21万円、出費が26万、差額5万円、30年間続くとして年金以外に約2000万円必要と説明しているだけで、私の現状の年金実情から見て、以前からそんなものと理解していた。多くの人も金額は別としても、何らかの追加資金が必要と思っていることである。この報告書をぞんざいに扱う政府姿勢は政治問題化されるのは当然であるが、要は年金給付額がどうなるのか責任を持って示せず、出費を各人がどう管理するかの問題で、年金で全て賄うことはできないと思えば、誤解や不安を与えるとして誇張されることはではない。手続きの方法で損得が広報されているが、小手先の事で本質的な問題ではない。

2019年6月7日

83 時には逃げる事も必要

 東京都で70代の父親が同居していた40代の息子を刺殺する事件があった。報道に依ると、その直前にあった川崎市の大量殺傷事件の犯人の男同様に、長男が子供たちに危害を加えてはいけないと思い、事前に息子を殺害したとある。父親の殺意の動機に合理性があるように見えるが、本人は自分の名誉が汚れてはいけないとの、自分勝手な動機で、長く心を病んでいた息子に寄り添った形跡は皆無のようである。犯行直前に息子は父親の元に戻ってきたようであるが、父親の対応に他の選択枝もあったと思われる。

 2014/5/9の「倒れたコナラ」の記事の中に、道を塞ぐ障害物に対し、人の対応に3通りあるのを経験しています。この上を乗り越えて行く人、この下を潜り抜ける人、そして、前に進まず、戻って行く人がいました。前者は勇気ある人、中者は要領の良い人、後者は臆病な人と思っていましたが、息子は自分とは別の責任ある大人と思うのであれば、先がどうなるのか分からない時は、3番目のように、自分は息子から逃げ、別の場所に遠ざかることも

ありえたのではないでしょうか。この後、息子の事で世の中が父親を非難することがあっても、それは別の問題で、大したことではない。

2019年6月2日

82 マンションの老朽化

 先日、マンションの老朽化問題が放映された。修繕管理費が集まらず、補修が進まず、危険な高層ビル化し、ローン支払いができず、空室が増え、どんどん荒れているとある。我々自身の高齢化(老朽化)と同じような構図で、社会のインフラに関するものであるが、個人の経済的価値観が絡む厄介な問題である。このままであれば、ゴーストタウン化した様子が想像できつつあるが、未だ(投資目的も含み)タワーマンションの新規建設、販売がこの問題を残したまま続いている。

 この解決の提言策に1・ビンテージマンション化、2・管理の差での差別化、3・運命共同体としての共通認識が出ていた。1は自分だけ残ろうとする差別化で、2は結局、修繕管理費の増大で、多くの住民が脱落し、いずれも全体の解決にはつながらない。3は今の価値観からの転換で、自分たちの高齢化問題と同じように、命に係わる問題としての認識からのスタートが新しい転換につながる。

2019年5月12日

81  老後の資金 投資次第?

 人生100年時代、長引く低金利で、老後の資金は預貯金で賄えなくなり、高齢者も投資が不可欠な時代になったとの記事を見た。年金は当てにならぬと政府も公言しているのに等しい。私の老後資金に、そして現役世代にも問題点を提起している。論説は3つ有り、1・若い時からこつこつと投資して資金を増やせ。2・投資はやるな。3・企業は貯め込んだ内部留保をはきだせ。1では株価は1970年から2015年で10倍になっている。超長期に見れば、投資で資産を増やすことができる。経済構造が変わってしまった今ではこの説に意味が無い。高齢者の投資は「増えればも儲けものと思え」と言うのは、無責任な主張であることを示す。2は殆どの人が投資で損をしているとあるのは、当方の実感と合う。嘗てNISAで利子所得が無税と持て囃されたが、今では殆どの人が相手にしていない。多くの金融機関は、取引手数料で元金を食い物にしている。これとは別の価値観で生きよも問題解決には至らない。3は多くの個人でも起きていることで、何の考えも無く、金が金を産むは妄想で、通用しなくなっている。多くの人が望んでいる世界実現のために、理念を持って投資をすれば、当然配当もあろう。

2019年4月12日

80 1,0の世界ではない

 4月7日、神奈川県知事選挙があった。候補者は2名のみで、当然、意見が殆ど対峙する形になり、投票をする立場としては、その間の1,0ではない意見、または両者をマージしたような、よりよい方向が出ればとよく思う。「よりましな人?を選べ」は無責任である。

 マスコミの選挙結果を見ると、投票率〇〇%、A候補XXX票、B候補△△△票とある。 最終当選者は多数決で自動的に決定している。今回の知事選投票率はやっと40%で、投票に行かなかった約60%には、上記のように、選択の余地が無いとして棄権している?人もいるかもしれない。よく調べてみると、投票率40%の中に無効投票が約3%もあり、この中には上記のようにいずれの候補者の名前も書かない白票も含まれている。マスコミ報道では無効投票数(少数意見?)については殆ど報道が無い。選挙に行かない人に対して云々の意見が多くあるが、このような無効投票についての数、コメントは殆ど無い。これより投票者の現行選挙システムの見えない上記のような意見が見えてくる。更に立候補者1名(現職)のみの場合は、無投票再選の仕組みでは、益々、政治が機能しなくなる。

  4月21日にも市議会選挙があるので、上記の考え方に次策があることに気付いた。どちらでもない時に、選択の余地が無いことではなく、これではないと言う選択もあってもよい。敵の敵は味方ということかも。

2019年3月12日

79 東日本大震災の復興は2037年まで終わらない

 今年度分の税務署に出す確定申告書作成時、再度思い出した。書類に小さな字で所得税及び復興特別所得税とあり、個人では復興特別所得税額=基準所得税額X2.1%で長年取られている。2011/12/2に東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法(2011年法律第117号)が公布され、「復興特別所得税」及び「復興特別法人税」が創設された。個人は2013/1/1から2037/12/31までの25年間、法人向けの復興特別法人税は10%が付加されたが、2012/4/1~2015/3/31まで短期間でも実施される予定であったものが、恥ずべきことに更に1年前倒しで終了している。法人、政権も全く大震災復興を食い物にして、損得勘定に勤しんでいる。

2019年3月11日

78 あれから8年

 東日本大震災から8年目を迎え、特番が放送されている。私には震災後数日以内に、放映された1つのテレビ画面が今でも脳裏に焼き付いている。ちらっと見えた映像から、(多分レポータもそこまで気が回らなかったのでしょう)捜査員がずぶ濡れになった人の死体を運び出し、その人はセーターを着ており、ブーツを履いた女性で、捜査員は通常であれば、その人の安否に寄りそうのが当然であったものが、瓦礫の中に数日あったとして、やむを得ず脚を持ち(死体として)片付けていた。警察官は鬱とした気持ちであったであろう。私が画面から実感できた唯一の死者で、この2万倍以上は到底想像できないでいる。(合掌)

2019年2月1日

77人身事故

 時々、ラジオやスマホのSNSで〇〇駅で人身事故が発生し、△△線は運転を見合わせている。復旧はX時Y分頃との事務的な連絡がある。止まった電車に乗っている人は、黙々と時が過ぎるのを待つのみで、スケジュールが狂って「またかよ、何で飛び込むのかよ」と怒る人もいる。多分、多くの人は、自分の遅れが気にかかり、事故の向こう側に思いが至らない。その前数時間、数日以上かもしれない、その間、本人は苦しみ、時の流れから別れを決心した背景、心情、世の中に隠された問題にも思いを馳せたい。こんな早朝、夜遅く雨の中で苦悶しているこのような人がいるのは痛ましい。自殺の場合、鉄道会社は完全に被害者の立場で、鉄道マンたちは忌々しい思いを込めてマグロと呼ぶ。「どうせ死ぬなら、別の場所でやってくれよ」とある。

2019年1月21日

76歩かなくても野鳥の会

  野鳥の会は全国の支部が毎年集まり、連携団体全国総会を開催している。その中で、各支部とも会員数減少に悩み、会員を増やす方策が必ず出てくる。会員を辞める人は中堅クラスが多く、高齢化によるとされるが、対策の中に「初心者向けの探鳥会」の企画、「歩ければ探鳥会へ」とか「死ぬまで探鳥会」とか高齢者を揶揄するような言葉まである。探鳥会に拘るのであれば、今のように長時間(長距離)歩き続ける探鳥会は再考してもよいのでは。見た鳥数、種数、特定種出現に拘るのか、長距離歩く探鳥会が野鳥の会の主活動になっている感じである。鳥を見るのであれば、色々なやり方があってよいと思う。高齢者は長く歩くのが苦手になっていることも多く、結局、高齢化で辞めているとされる。歩けなくなっても、歩かなくても、今の探鳥会以外に野鳥の会会員として残っている意義、活動目的が会として広く認識、共有されているのであれば、終年会員を続けようとする人はいるのでは。

2018年12月25日 

75コストカッター

 カルロス・ゴーン(前会長)は合理主義で日産自動車の業績を、V字回復させたと評価する声がある。これで思い出すのは、昭和の末、長崎にいた頃、佐世保重工業(SSK)は石油ショック後の造船不況で倒産の危機に陥ったことがある。来島ドックグループの坪内寿夫氏が救済に乗り出し、業績回復させ、一時、ゴーン氏のような扱いであった。週休2日制を無くす、給料の25%カット、ボーナス無し、人員削減、残業時間無視等で、現在の働き方からは問題点ばかりで、本人が新規に生み出した手法ではなく、従来の経営陣が意思決定できないことを、自ら行ったのみである。これらが行えたことはある意味、評価されている。

 ゴーン氏が行ったことも、自らに権限を集中させ(従来の経営陣も業績回復のために同氏に全て権限を委託した結果でもあろう)、特に目新しい事ではなく、工場閉鎖、リストラ、経営集中化等、これを行えば業績回復することが事前に分かっていた事ばかりである。これを成し遂げた同氏の技量、新規融資を受ける力、債務を放棄させる力があったのは新トップとして評価されたのであろうが、これを成り立たせた環境を作ったとして、ある意味では旧経営陣の成果とも思える。その無謀振りは、今になって露見してしまっているが、ゴーン氏の告訴有無に関わらず、従業員、役員のモラル、モティベーションが維持できるか否かが大事なことで、正常な経営体制に戻せるか否かである(業績第一主義の世界では無理か)。

2018年12月24日

74時には規制も必要

 コンサートなどのチケット転売を厳しく規制する法律が成立したことに、ネットオークションで入手していた人から、不便になるとして、そして自由な価格のためにも、自由主義経済の原則を思い起こすべきとの新聞投稿(12/24 朝日新聞)があった。今の世、何かと自由主義経済の原則ありと言われ、何でもありとした自由主義経済の原則は一部寡占状態や、格差社会の要因になっている。時には個人としても自制が必要な時もあろうが、それができない状態まで追い詰められている場合は、このような、法律等での規制も必要である。何でも規制撤廃することで儲けの機会が最大になるとして、良しとするのではなく、問題ある個所は全体から見て縞状でも一部規制することは、格差社会がこれ以上拡がらないためにも必要である。

2018年12月15日

73振り込まない詐欺

  暫く入院し、退院した時、かなりの入院費の請求があった。国民健康保険の最高所得区分での自己負担最大限度額で計算している。国民健康保険で各人の所得区分及び自己負担限度額が決まっているので、市担当部署で「限度額適用認定証」を貰い、それにより差額を返却するとあった。私の所得区分は3ランク下で、自己負担限度額は約半分程度に減りそうである。発給されている国民健康保険証ではこの辺の事は全く分からない。申請があれば必要書類を出すとの通告は、聞き落とす可能性もあり、余分に金を取られたままになる恐れがある。

 これに似たものに年度末の確定申告書で払い過ぎた税金の還付金請求がある。これも自ら書類を作り、税務署に申告せねばならない。行政は金を取る時は一方的に自動的に行うが、金を返して貰いたいのであれば、申請しろとの態度である。これって手続きを忘れていると、(電話が無い)振り込め(実は振り込まない)詐欺のような感じになるのでは。最近はオレオレ詐欺とは言いませんよね。

2018年12月3日

72そだねー

 今年の流行語大賞に「そだねー」が選ばれた。ソフトタッチでほのぼのする言葉である。世の中の多くの事を思い出すと(特に政治の世界では)、これに「う」を付け、「うそだねー」が以前から思っていた私の流行語大賞である。パクって済みません。そだねー。

2018年11月21日

71ゴーン会長逮捕

 日産自動車のゴーン会長が逮捕されたとの報道があった。日産関係者から「突然のことで、驚いている」とあったが、全く情報が無かったわけではなく、事前にゴーン会長にそのような事があるのを知っていた人がいると聞いたことがある。今回、公的に表に出て、センセーションになっている感じである。何故、長く不問にされてきたかを学ばねばならない。これに関与して動かした力があったのは確かである。

 私たちの活動でも、その件についてよく知っている人が必ずいると思っても、何故か問題点が顕になっていないことがある。全く無風ではなく、それが顕にならないようなベクトルが働いている場合があるので、物事を動かすためにも、それを打ち消すように働いている内部の力を見抜く力量を持ちたい。

2018年11月9日

70全員野球

 ポピュラーなスポーツ、野球に便乗して?最近、政治家が自分たちがしていることに、この言葉を使うのが散見される。野球を構成している内容と比較できることが殆どなく、単に

構成員全員が対応していことに、「全員」を付け、更に「野球」を付け、イメージアップだけを図っているような気がする。平等に攻撃と守備の機会が無いだけでも、野球を名乗るはおかしいのでは。野球に拘るのであれば、ネットで「簡単に言うと突出した投手や打者がいないチームという事です」と揶揄される

2018年11月6日

69子ども乗せ自転車

 横浜市で7月、母親が幼児2人を乗せていた自転車が転倒し、1歳の子どもが頭を打ち亡くなる事故があった。どうすればこの様な痛ましい事故を防げるのかの記事が載った(10/28 朝日新聞)。怖い心情、注意が必要、運転ルールを守るとか、表に見える事情の説明で納得したような気になる。ヒヤリを経験した多くの方が語る言葉から、「やむなく子どもを自転車に乗せざるを得ない事情」があるのが見え隠れてしている。道路では危険があれば、通行止めにする処置が講じられるのは、不便でも代替えがあるためであろう。子ども乗せ自転車事故が時々報道されるのは、代替え方法が無く、今の子育て問題での仕事との両立、託児所不足等、深刻な問題が横たわっているためと思う。現場で生じた問題に、表面的な議論だけでなく、真の原因に目を向けるべきであろう。 

2018年11月1日

68勝ち組、負け組

 〇〇できれば勝ち組、できなければ負け組、負けたら自分が弱いだけとの、投稿記事があった。本人は勝負事には興味がなく、誰でも特得意不得意があり、生きていく上では勝ち負けは無いとしている。同感である。長い歴史の中で、国も個人も勝負で雌雄を決し、これが人間社会を前進させる原動力になってきた。しかし、それに「組」を付けて、どちらであるかを強く意識する風潮は、格差社会を一段と強め、世の中の見方を狭めると思う。勝負事はある決められたルールの中で行うことであり、時にはそのルールに縛られない立場に身を置いて、自分の考え方を持つのも良いのでは。決まり事を自分の都合の良いように変えたり、解釈を変えて正当化する人もいるが、ルールが変化し、何でもあり(結局は全て無視する)と称する勝負事?(不審事、戦争等)は、この意味の勝負事ではなく、勝ち、負けがない悲惨な結果になると言われる所以であろう。反対に何も無しの考え方もある。生物多様性を見ていると、どの生物も生き方のプロで、人が言う勝ち負けとは別の賢い世界を感じる。

2018年10月21日

67歴史の風化

 1943年(昭和18年)10月21日、明治神宮外苑競技場で学徒出陣壮行会が行われ、今日で75年になる。式典に出られる当事者は2名のみとなり、「歴史の風化は避けられない」とあります。確かに、現場を見た人の証言を聞けば、狭い隙間からながらも、現場を直接見た気持ちになります。時が経てば当然、これは叶わなくなります。これからは、歴史資料を想像力を持って見通す努力が必要になります。人の価値観が影響するものは慎重を要しますが、単なる事実は研究者は残された化石からでも、極めて古い過去を明らかにしています。

2018年10月4日

66SNSをやらない理由

 SNSを使うメリットとこれで生じる可能性のある問題点を考えて、自分ではSNSをやらないと思っていた。SNSに「SNSは最初は楽しいかもしれないが、その内、やりとりがウザクなる」と書き込みがあった。私がSNSをやらない理由が、「SNSは結局、やりとりがウザイ」、理屈でなく気分であることが分かった。SNSをやる時は、感情優先であってはならないが、多分、スマホも使わないのは、あんな狭い画面に張り付く使い方は疎ましく、屋外で使っている人を見るのがウザイのかも知れない。最近分かったことに、スマホの技術コンセプトはポータビィリィティと通信速度の向上によるトラフィック量の増加で、いながらにHP閲覧、画質の高い動画が見られるようになり、最新の規格5Gでは遠隔医療、遠隔操作が可能になるとある。ノルマを課された仕事をする人には適しているが、いながらに使うことに今の私にはその必要性は無い。ガラケイでの音声通話とメール受信はこれとは違う使い方で自分のやり方に適しており、重宝している。時には理屈ではなく気分、自分の考え方が人の行動を支配することもある。映画「スマホを落としただけなのに」が公開され、ますますスマホを持つ動機づけが無くなりました最近、3G対応のガラケーのサービスが2022年には終了するとアナウンスがあり、その時まで抵抗するエゴ意地なのかも。最近5G技術は4Gの100倍の能力があり、それを扱う部署での情報独り占め、情報操作される問題点の予告がされている。GAFA問題とも言われている。(2019/2追記)

2018年9月16日 

65損得の世界

 9/8の報道に、イタリアでスターバックス 1号店が初めて開店したとある。現地の一部のメディアに米大手資本チェーンの侵略だとある。マクドナルド、ケンタッキーフライドチキンもイタリアでは芳しくないと聞く。これはイタリアが米大手資本チェーンに反発しているためではなく、イタリアに長期滞在している人からの話から分かったことがある。イタリアでは、同じ地域に居住している人たちは、利害を共にし、政治・経済・風俗などにおいて深く結び付くことに価値観を持っている。これらの店が増えると、損得の世界になり、彼らは個人がばらばらになる無縁社会になりかねないのを知っている。私たちが嘗て、持っていたこのような価値観を復活させたいものである。私たちの周りでは、余りに損得、便利ばかりが先行しすぎている。

2018年9月8日

64現場で作業する人たち

 最近、各地の災害現場で人命救助、復旧作業、罹災者支援する人たちに想いを馳せている。当然、役割、責務であるので、その作業をするのは当然と思われるが、現場で結果を出すまで頑張っている姿に感動する。得てして、机に座っている人の中には、口先だけで?対応し、責任逃れが上手な例を見ると、私が一番信頼しているのは、このような現場で黙々と汗を流す人たちである。極端なことを言えば、今、社会のモラルを維持している人たちである。一時、ボランティアの個人の活躍がテレビを賑やかせたが、目に見えないこのような人たちに敬意を払いたい。

 今回の北海道での全電力喪失について、色々と不便で不安だ、何故、防げないのかと論議されるが、この裏には、徹夜で復旧作業に専念している人たちがいるのを知っている。発電所が災害で止まると周波数が低下し、他の発電所が破壊されるのを防ぐため、正常な発電所も止めたと報道されているが、発送側のエネルギーが受け側の消費エネルギーを越えられなければ、当然、その系は自然停止になる。復旧に1週間もかかるかもとあるが、原発事故では復旧はおろか、次世代まで限りない負債を残す事は知っておいた方が良い。

 北海道・本州間連系設備を使って、本州側から送電できていない事を問題に?する人もいる。そもそも、北海道の余力電力を本州へ送電するために作られた設備で、逆に、本州側から北海道に送電できても、最大60万KWで、北海道総発電の1/6程度で、当然北海道の100%を賄えない。風力発電もその系に送電するためには、周波数を一定(風車回転数一定)にするためには、その系から電力をもらわねばならない。科学的知識を持って物事を考えて欲しい。

2018年9月7日

63 〇〇とは思わなかった

 下記2016年12月26日に同じタイトルの記事を書いた。今回、台風21号で水没した関西空港の当事者の発言にも同じ表現があった。「大阪湾で過去最高だった1961年の第2室戸台風時の潮位293cmを想定し、50年に1度の台風に備えるはずだったが、これを越えるとは思わなかった。今回過去最高の329cmに達し、想定を超えたとしか現時点で言えない。」事前に気象庁は経験したことがない事が起こりえると警告していたが、当事者は自分の知っていることに余りに拘っており、全く想像力を失っていると言える。〇〇とは思わなかったと言うのは責任逃れの弁ではないか。私たちは異次元となる新事態は想像しずらいのは、事実であるが、過去に経験したことの(1桁大きくないが)数割増し、数倍程度のことはありえるとの想像力を持ちたい。

2018年8月26日

62AIはあなたの仕事を奪う

 最近、ビックデータを使ったAI(artificial intelligence)の発達で、それが人の能力を越えたとき、「AIはあなたの仕事を奪う」とあり、それは今の価値観が変えられない限り、必ず到来すると思う。

 人類が誕生し、二足歩行と言語を得たとき、知性革命があり、人類の行動、思考形態が大きく変わったと思う。人々の経験は伝承され、今行われているAI技術と同じような事が起きたのではないか。二足歩行と自由に使える両手は、AIで言うロボット技術になり、言語は今行われているAIプログラミングに対応しているのかもしれない。
 しかし、現在のAI技術は従来、人が(効率的ではないにしても)長年積み上げてきた経験を、超短時間で電脳空間にある無限にあるビックデータを処理して、今の私たちの欲望、価値観を最短で効果的に実現しようとするものであるとすると、当然、近い将来、「AIはあなたの仕事を奪う」は必須であろう。

 18世紀半ばの産業革命でも同じような事が起きたと思う。その意味で現在のAI技術発達は第3次知性革命と思っている。

 その時、人々はその枠組み内の所謂「負け組」から脱出し、新しい価値観の基に新しい事をしてきている。今、私たちに必要な事は、所謂「勝ち組」に残る努力も暫し必要であろうが、それから独立した持続できる新しい価値観、生活様式を見つけて、シフトする勇気である。AIの懸念は過去の経験を扱うものであれば、それに頼り過ぎると、アインシュタインのような独創的なアイディアは出なくなるのでは。

 後日、同じような内容のNHKテレビ放映があった。最後に司会者の今後のAI発達で格差が広がる社会になるのではとの指摘に、ソフトバンクの孫正義氏は、単に(儲ける)ビックチャンスになると言ったことに、批判が出た。世の中の動向に影響を与えられる立場の人が、自分のビジネスだけに拘り、一段高い社会的な視線を持っていないのに失望した。

2018年8月5日

61仲良しクラブの限界(その2)

 最近、民間のスポーツ団体でもめ事が報道されている。内部の関係者が上層部に告発状を出したり、トップの肩書が終身?会長とか、外部から実情が分かりずらい。訴えられた本人は何も違反、違法なことはしていないと弁明するのみで、水かけ論的になってきている。法律はこのようなものに関与しないことも多く、結局、その判断はその団体が持つ、定款なようなものであれば、それに拠るのが公平であろう。しかし、仲良しクラブ的では仲良くやろうの趣旨で、自浄する組織、決まりがなく、あいまいな事がよくある。このようなリスクを減らすためにも、(最終的に)会員の意見が反映するように総会開催の規定はしっかり作っておく必要がある。私は野鳥の会神奈川支部会員で、同支部にも同様な問題があると思っている。無意識にドン的な個人に任せておけば、結局、会員は離れていき、組織は衰退する。

2018年7月26日

60順応的管理

 今週末、台風が来ると気象予報士が説明すると、その信憑性はどの程度かと質問したコメンテータがいたが、言葉の使い方に違和感がある。本人は、科学技術の進歩でそれを使って、どのような結果になるか、事前に知りたかったようである。信憑性は既にある事実に対し、どの程度信頼できるかを示す人間界で使う言葉である。医学界ではこの辺の事は区別されて表現されているようである。リスク●%増えるとかの統計的表現である。純粋な科学として、事実は1つとして思い込み罹病、完治可否いずれかであるかとは、断定していない。

 自然環境に関わっている私たちの活動の中にも、同じようなことがある。順応的管理で、毎年営巣していた野鳥が、急に営巣中止したのは、新たに行われた人の行為が影響していると推測し、その行為を中止してみた結果、営巣が再開した場合はどうでしょう。これが回復したのは人の行為を中止したためと100%証明することはできないし、また繁殖失敗に人の行為は全く関係ないとも100%証明することもできない。自然界で言える事は、そうすることで繁殖失敗するリスクを下げる事ができた(またはできる)とするのみで、上記医学界と同じような考え方である。 順応的管理とはこのようなもので、試行錯誤でよい結果を得ようとする人の知恵である。人間界の考えを持ち込み、頭の中で考えても良否は分からないのが自然界である。人間界の考え方が正しいとして無理押しする人もいる。

2018年7月13日

59西日本豪雨被害で東日本大震災被災地を想う

 この度の西日本豪雨被害は痛ましく、この暑さの中で、回復に長時間必要と見込まれ、心苦しい感じを受けます。しかし、東日本大震災被災地を訪れた時の記憶を蘇させると、津波被害地では全てを失い、福島では時間が止まったままで、回復には時間では解決できず、この苦しみは想像を絶する。時を経てもこの状態を忘れてはならない。

2018年6月27日

58大阪北部地震で思う事

 そんなに急いで会社に行く必要ありますか

 大阪北部地震で鉄道が復旧するまでに長時間掛かり、予定の業務ができず、何とかならないかの声が多々あった。確かに通勤時間帯の交通マヒは大きな問題である。復旧に時間が掛かるのは、現場を目視し、安全を全て確認するシステム上の避けられない問題である。監視装置やAI等を使って、業務を敏速化することは可能であろう。しかし、最終安全確認は人間の目で行うべきで、私は現場の点検作業員を、最終的に全面的に信頼している。これを経ず、不確かな情報で運行再開して良いとは思わない。まず私たちに「そんなに急いで会社に行く必要があるのか」と気持ちに余裕が持てる世の中であって欲しい。

 行政責任部門はまず法令を守れ

 大阪北部地震で小学校のブロック塀が倒れ、小学生が亡くなるという痛ましい事故が起きている。責任当局は構造物は法令に違反する、違法建築物であると事前に知っていたとある。しかし、安全性には問題は無いとして、危険の認識は無いとして見過ごされてきた。これと同じような事例が行政組織の大小に関わらず、多発していると思う。問題が露見すると、謝罪と再発防止の弁明ばかりで、大事な事を忘れていないだろうか。まず、行動をして決められたことを、守るべきである。頭の中の世界の論議が優先されるようでは、結局、私たちには理不尽な結果が待っている。

2018年6月24日

57禁忌の心

  下記の藤原新也氏の文章にもう1つメッセージがあった。世界遺産に登録された、玄界灘の神の島「沖ノ島」である。古代の人は人間が持つ全能感には(限界が有り)、歯止めをかける必要があるとの意識があった。人間が触れてはならぬ禁忌の場である。沖ノ島の存在そのものでもある。人間は何でも知ることができ(情報化)、限界無く前へ進める(進歩)と思っているが、本来の禁忌の領域に入り、人間存在の根本的な危機に追い込まれている。

 これに付随する私見:周囲の事は理解できているつもりでも、自分の中で起きていること、最期に自分自身に起きる死については何も分かっていない。

2018年6月23日

56 気持ちよい時間空間を維持するだけで良いのか

 野鳥の会の「野鳥誌」と小冊子Torinoが届いた。小冊子の中に、常に鋭い視点を投げかけ続ける写真家・文筆家・画家の藤原新也氏の文章が載っていた。「忖度によって牙を抜かれる昨今のテレビ番組」というタイトルで、野鳥の会は自然保護の原則的な総論が多い中で、かなり具体的な問題提起で、興味を持って読んでみた。

 同氏が作成した映像の放映、上映で「昨今は送り手と受け手が、気持ち良い時間と空間を共有したいとして、それにそぐわないものを排除し、互に本音を吐かないのは、昨今のテレビの気持ち悪さはここにある」と書いている。思えば、嘗ては、行き過ぎであるかもと思えるほど、互に本音で棘のある意見を出し、それを基に切磋琢磨し、より良い解決策を出していたような気がする。

2018年4月6日

55 役職と役割

 会社や行政組織では、この両者の違いは法律的にも明確で、その中の組織員の受け止め方はしっかり認識されている。ある目的のため作っている任意のボランティア団体でも、それ程明確ではないにしても、所属員が動きやすく、その任務を発揮するためにも、その違い、機能は意識していた方が良いと思う。

 一般論として言えば、役職は一般に何らかの責任と職権を伴うとされるが、組織の統括者であるとともに、責任は組織の方針とその結果について、対外的にも所員に対しても、その団体として説明でき、理解されることが求められる。職権は所員の意見を聴いて、それをまとめ、または自ら提案し、所員の理解を得るよう図り、意見がまとまらない時は団体として何らかの意思決定する際の、最終決定権と言える。責任、職権はその件で知見のある他人に、必要に応じ、一時的に移譲し、業務を効率よく推進させることはよくあることである。

 役割はその団体がすべきことを遂行することで、その人の技量、能力に応じ他から期待されているものも含まれる。当然、その団体の一機能であるので、同じ役割の人やその団体所員や役職の方と、意思疎通は必要である。その実務的な作業を各人の主体性に任せておき、その結果を適宜、フォローできる仕組みがあればよい。

2018年3月14日

54 時には意味付けしない見方

 人は経験したことに、自分なりに意味付けし、それが受け入れらない時は、落ち込んだり、逆に相手を批難したり、そのもの存在が認め難い時は、それを抹殺してしまう、時には自分をも殺生する極端なことを行う場合があります。

 観察会でも生き物を見た時、種名を同定して自分が知っている種(言葉)と照らし合わせて、その言葉からイメージを膨らませ、理解し、分かった気になり安心している?ことが多いと思います。この過程には言葉(時には映像)が介在していますが、時には五感で感じたままに受け入れ、そのまま受け入れると、別の世界が広まるのではないでしょうか。種名に拘らないと言う人を時々見るのは、このような見方をしているのでしょう。

2018年3月8日

53 仲良しクラブの限界

 下記16、28の記事にボランティア団体の事を書きました。今回は別の視点で書きます。
 地元に根ざした自然保護団体は基本的にボランティアの同好会的活動(仲良しクラブ)から発足したものが多いと思います。やりたい事を、やりたい人が、やりたい時にするのが基本で、会員が増えている時は、これで問題なくやれていたと思います。
 最近、SNSの発達もあり、気の合った仲間どおしで、小回りで効率的に動ける環境ができたためもあり、その団体の会員である必要がなくなり、多くの会で会員が減少しています。高齢化が原因と言う人もいますが、主要因ではないと思います。会員数減少すると、当然、その会の運営にも多くの問題が生じかねません。それを打破するための幹事さんたちの会の運営も難しくなっていると聞きます。このような仲良しクラブ的な会の限界とその弱点が出ていると思います。
 問題意識を持つ幹事、会員たちは何とか活動活性化するための施策をしていますが、なかなか意見集約ができず、具体的な例ではトップの長期在籍マンネリ化、会の私物化などの組織硬直化で新しい発言がしずらく、つまらぬ確執を避けるため責任ある幹事はその活動に参加しなくなり、役割を辞退している例も見ます。嘗ては、各人のボランティア精神でうまく運営できたのでしょうが、新しい問題を克服するためには、しっかりした責任ある意思決定の仕組みが必須と思います。今でも会の会則のようなものはありますが、それには、仲良くやりましょう程度の趣旨しか記載がないことが多く、例えば具体的に幹事会の成立の条件、運営方法、役員の任期、選出方法、また最終的に会員総会で会員に報告、承認を取る手続き等の明文化が必要と思います。何故、このような面倒なことが必要なのか言えば、最終的に会の活動活性化のために、意識ある幹事、会員が無駄な軋轢なく、マンネリ化を打破して問題提起、解決できる仕組みができることは重要と思っています。国の法律のようなある程度責任、義務のある会則は必要で、それを適用するか否かはボランティア団体ですので、関係者の選択に任せるにしても、必要に応じて現状打破するための会としての意思決定ができる仕組みがあることは、会の柔軟性、問題解決能力を高めると思います。

2018年3月6日

52 オオタカ希少種解除のその後(その2)

 環境省はオオタカを種の保存法での希少種から解除しました。その後の野鳥の会各支部の支部報記事を見ると、「従来の保護施策の法的裏付けが無くなるのは問題である。環境省は里山保全に有効な法的仕組みをつくるべきである。」との論説を展開しているところが多く、これは全く正論と思います。更に、話を溯り「数は減少しているので、種の保存法での希少種から解除すべきでない。」と反論している例もあります。これにも賛同することが多いが、現在の役所の仕組み、担当者の任期が短い事実を考えても、役所に強く意見を出すことは必要と思いますが、余り役所ばかりを当てにしてはオオタカ保護のタイミングを逸する恐れがあると思います。更にオオタカを守りたいのであれば、自然保護団体は独自に調査を継続し、NPOとして、しっかりデータを把握するチャンスを逸するべきではないと思います。事実を知りえるのはその筋の熱意ある調査員(個人、集団)で、事実と政治の話になるかも知れませんが、建前の正論だけでは人の世の決まりごとは決まらないと思っています。

2018年3月1日

51 鳥瞰して見る目

 インターネットが進歩し、ネットを通じて物事を伝えやすくなると共に、物事を早く、多数知ることができるようになったのは、確かに便利な仕組みと思います。このHPの閲覧者も徐々に増えてきて、HP管理者として喜ばしいことです。SNS等でも参加者が増え、意思疎通ができ、世界が広がった感じになります。よく考えると、顔も素性も知らないアカウント登録者でそれも、それに関心がある方が簡単に検索して、そのサイトに直接来ている不特定多数の方でしょうから、参加者が増えるのは当然なのでしょう。逆にそれに強硬に反論する人も砂糖に蟻が群がるように集って来て、所謂「炎上」もあります。それも、匿名性のため、同一人物がかなり複数回投稿しても、他人から見て、そう思う人が大半と間違った判断することもあり得ます。

 ネットではある特定の情報に直接ピンポイントで到達できるため、その周囲に関連する事項や色々な見方があることが見落とされがちです。

 新聞、テレビ等でその情報を知るとき、そのアクセス途中で、周辺の情報や自分が関心が無い情報でも、自分が同意できない人の意見も眼に入ってきます。その記事に到達する途中で、それらを鳥瞰する形で記憶ができています。また、駅などを通り、公共交通を使う時、当然、不特定多数を目にし、感じたことは、ネットの世界と違うと思います。

 路上でのビラ配り、立て看板等は情報を伝えるには非効率であっても、無関係な人でも何となくそれを目にするだけでも、記憶の片隅に残り、ネット世界と違い、世の中の事情を鳥瞰して見ることを可能にしていると思います。

 その意味で、自然保護の大切さを広めるためにも、ネット以外に、屋外の観察会で人と交流し、ある経験を共有する時間経過は、多様で柔軟な発想を生むのに必要と感じています。

2018年2月4日

50 野鳥の会神奈川支部活動活性化にむけて

 12/3、野鳥の会神奈川支部会員フォーラム2017が開催されました。役員会からのお知らせや会員の意見を伺う機会とありましたが、当日、話合いをする時間が十分ありませんでしたので、後日、司会者のK副支部長に意見を出しておきました。

 

・席上、毎年、高齢化で200名が退会し、100名が入会で、差し引き毎年100名減と支部長から説明ありました。H幹事から入会者増やす計画の話がありましたが、これ程の中堅の会員が毎年去っていくのは残念です。1980年代に入会した会員は多く、当然、今では高齢者です。終年まで会員でいたいと思う人も多いと思います。会員を引き止めておく方策説明が無いのに失望しました。
 高齢化で探鳥会に行くのは困難になり、互いに顔が見える150人以下程度の集団でも、最近のSNSの発達で、意気の合う少数で、都度活動することが多くなり、その団体に所属している意味が薄れ、殆ど例外なく会員が減っていると聞きます。探鳥会から入会しても、その後、探鳥会に行けなくなっても、会の理念に共感、参画している意識で多くの会員が残っています(支部の探鳥会に参加する会員が1~2割とは何を物語っているのでしょうか)

・野鳥の会は全国的に探鳥会で人を呼び込み、会員を増やすことを目指していますが、それを自らの組織内で閉じて行うのは、無理があると思います。探鳥会は野鳥の会が提案し、始めており、既に全国的に広まっており、当初の野鳥の会の目的は達せられています。今後、この活動を広げていくのであれば、このような要素を持って活動している地元団体と、連携していくよう働きかけが重要と思います。神奈川支部は余りに一部の幹事のものになりすぎています。この点で支部会員を辞めてしまっている方も結構おります。

 ・支出の大きいものを削減する(会報紙面数を減らす、発行回数を減らす、他活動停止)
これら削減優先は、探鳥会に来られなくても、会が持っている理念に共感して会員になっ
ている人は会の活動縮小化のメッセージと捉え、気持ちが離れてしまうのではないでしょうか。

・私たちの任意団体では、何らかの公益性をおびた特定の事業内容自体(世間が求めている活動、その団体であれば世の中に問題点を指摘、理解される活動・・)が存立目的です。この点を忘れると、組織の存在意味が無くなるだけではなく、組織そのものもジリ貧化すると思います。

・地方では各地の野鳥の会はその地域を代表する団体として、その点で存在意義があり、会員外でもその筋の方は連携し、問題点が支部報に載り、その地域の多くの方と問題点共有されていると思います。神奈川支部は神奈川県全体を統括し、きめ細かに各地会員の活動を補佐したり支援し、他の団体であっても連携していくハイアラキー構造にまとめていくのが支部活動裾野を広げ、支部活動の活性化につながると思っています。

2018年1月27日

49 オオタカ希少種解除のその後

 環境省は2017/9、オオタカを種の保存法での国内希少野生動植物から指定解除しました。
オオタカがある程度個体数が回復したとされるのは、今までの保護対策に一定の成果があったとも考えられ、一面でこの点で誇るべきことと思います。

●神奈川県内の繁殖が減少?
 しかし、繁殖数は2000年代をピークに頭打ちか、減少傾向にあるとの専門家の意見があり、当方の神奈川県東部の調査でも、その傾向にあり、特に、この数年、営巣地にオオタカが現れない状況が多数出てきています。
 現状ではオオタカを種の保存法で法的に保護すべき根拠が消滅しています。日本野鳥の会本部からは「会員の皆さまには自治体での動きを注視し、地域でもオオタカのモニタリング
や保護施策が、今後も推進されるように働きかけをお願いいたします」とあります。

●各自治体に委ねられたオオタカの保護
 オオタカへの対応は環境省から各自治体に降ろされており、各地の状況に個々に対応する
ことが求められています。環境省は「オオタカは里山を象徴する生態系上位であることに変わらず、『猛禽類保護の進め方』の考え方を各自治体に図る」としています。これを受け、神奈川県では従来の「神奈川県オオタカ保護指導指針」を一部改訂して、継続して施行すると下記発表しました(2017/11 下記参照)。

●神奈川県オオタカ保護指導指針  

   環境農政局 緑政部 自然環境保全課
「オオタカは、神奈川県レッドデータブックの繁殖期の絶滅危惧Ⅱ類、非繁殖期の希少種であることから保護の必要性が高く、その営巣適地である丘陵地周辺は開発などの影響を受けやすい地域であり、また、オオタカを含む猛禽類は、食物連鎖の頂点に立つ種で広い行動圏を持つことから一般に地域生態系の指標になるとされております。このことから、県はオオタカを指標とした本指針によりその生息情報の収集・管理と提供を通じ、広く県民、事業者による「猛禽類保護の進め方」(環境省 平成24年12月)に拠った自発的な配慮を促し、オオタカの保護及び自然環境の保全を図るものです。」

●支部会員の協力で県との連携を
 神奈川県の前向きな対応に敬意を表すると共に、これは各地の対応の先駆的な事例であると思います。
 この仕組みを継続させているものは、行政担当部門の強い責務感と、それを支える県民、調査会社の情報です。同指針の参考資料に「日本野鳥の会神奈川支部及び神奈川県野生生物研究会に県の調査を委託している」とあります。野鳥の会神奈川支部関係者もこの仕組みの中で2005年以来、オオタカ営巣状況を調査し、県と情報を共有し、問題あればリアルライム
で協働で対応してきています。
 オオタカの調査、モニタリング、保護活動に関わる方が増えることを願っています。また、オオタカを追いまわして撮影することは、オオタカ営巣失敗の大きな要因になっています。撮影マナーを守るようよろしくお願いします。 
(同文 日本野鳥の会神奈川支部報 2018/2号に掲載) 

2018年1月15日

48 ビックデータ(その2)

  先に、多数のデータをまとめる方法についてコメントしましたが、以前、日本鳥学会の論文発表の場での経験を書きます。その地域個体群野鳥の多数のデータを解析、報告した中に全体傾向と異なる特異な例がありました。それはその地域個体群の特性か、ある特定の個体によるものかの質問があったが、答えられなかった。質問者は個体識別できているかを強調しており、全く同感で、データを多数とる以外に(以前の観察者がよくやっていた)現場観察で個体識別の技量を上げたいものです。

2018年1月10日

47 ビックデータ

 自然系の論文で若い人の投稿が増えているのは好ましいことですが、現場で長年観察してきた来た人の経験と多少違う事実があるとの話がありました。私もオオタカの巣に運ぶ餌内容の発表を聞いた時、発表者はキジバトがいなくなる時期があるとしましたが、データを見ただけの判断で、そのような現場を多数見ている人には、オオタカの繁殖ステージによる餌内容の変化であることは知られています。

 最近、数理学的にデータを解析することが進んだのでしょう、多数のデータを分析し、

(例えば重回帰分析)、多数のパラメータとの相関関係を掴んで、論じているものが多く見られます。パラメータを選ぶ時点で人為的な影響が出ている可能性もあり、見落としている影響ファクター(パラメーター)があるかも知れません。多数のデータ(ビックデータ)は数が多いと言うだけで、無限大ではありませんので、統計的に何らかの数値が出てくるのは当然で、それだけで判断するのは限界があると思います。

 アナログの世界ですが、長年、その現場を見てきている人の経験、データは大切で、数値上だけでなく、現場観察を勧めたいと思います。特に生態系では従来のパラメータでは思いもよらない、特異な変化が起きえます。

2017年12月25日

46 見苦しいと思う心

 「見苦しい」には感覚的に不快なこと、道徳的に非難されるべきこととある。前者は身体を守る本能的な要素が多く、学習しなくても多くの人に備わっている。後者は人間社会の関係性を示しており、嘗ては、煩い(他人でも)親父がおり、子供の頃より常識的な人間社会関係を学習して、ヘイトスピーチのようなものも無かった。最近は、何かと気になること、気に入らないことがあると、(身構えて?)自説を押し通す人や、あるいは自らの問題解決努力を放棄し、関係者の意向を忖度することに心を配り、または行政(条例等で)や国(法律等で)に規律を要求して、安心、安全と思う人が増えている感じがする。私たちには、問題が出た時、「見苦しい」という心で、いわゆる常識で互に話ができ、自分たちで問題解決できる所があると思う。自然保護活動でもこのような問題が絡む時があり、話し合いに時間が掛かる。

2017年12月3日

45 任意団体は営利団体ではない(その2)

 横須賀で開かれた野鳥の会神奈川支部の会員フォラーム(会員の広場)に出席した。席上、支部の財政状況悪化が報告され、それを改善するため「会員増を目指す探鳥会」で新規会員を獲得する役員会の方針が説明され、会員にその活動への参加の要請があった。説明では毎年、200名が退会し、100名が新規入会で、差し引き毎年100名減がこの10年間続いている。会員増は必要な事であるが、毎年退会者200名(これ程の中堅の会員が毎年去っていくのは残念である)を減らす方策が検討されていないのには失望した。これこそが支部活動の見直し、活性化につながる問題と思う。

 野鳥の会は全国的に探鳥会で人を呼び込み、会員を増やすことを目指しているが、それを自らの組織内で閉じて行うのは、限界があると思う。探鳥会は野鳥の会が始めて、既に全国的に広まっており、当初の野鳥の会の目的は達せられている。今後、この活動を広げていくのであれば、このような要素を持って活動している地元団体と、野鳥の会は連携していくよう働きかけが重要と思う。

2017年11月22日

44 任意団体は営利団体ではない

 〇〇会とか〇〇クラブと称するNPO法人化されていない、多くの自然保護団体は任意団体です。法律が定めた法人格を持たない、文字通り「任意」の集まりで、あくまで私的な集団に過ぎませんが、税法上の優遇措置、公的申告義務は生じません。これは利益を求めない非営利組織で、何らかの公益性をおびた特定の事業内容自体が存立目的となっています。
 互いに顔が見える150人以下程度の集団でも、最近のSNSの発達で、意気の合う少数で、都度活動することが多くなり、その団体に所属している意味が薄れ、殆ど例外なく会員が減っていると聞きます。これが千人単位の大集団では、嘗て、その会員数の多さを利用し、世の中に意見を発信してきました。しかし、このような団体でも、殆どで会員数が年々減っていると聞きます。会の存続を運営する人達の苦労は、会員が増えていた頃とは、比較にならない位、大変になっており、考え方の切り替えが必要かと思います。

 会の運営資金は当然、会員からの会費で、赤字体質が見え出すと、収支改善を再優先課題
にし、会員獲得や会費値上げ(少人数の集団ではその必要性を理解する人もいるかも)等で入金を増やす、支出の削減を図るかもしれません。例えば、探鳥会に多くの人を集め、会員数を増やすとか(探鳥をする人は増えていても、集団の探鳥会のメリットは少ない?今までの例では成功とは言えないのでは)、支出の大きいものを削減する(会報紙面数を減らす、発行回数を減らす、費用が多く掛かる調査、研究を止めるしまうとか・・・)。これら削減優先は、探鳥会に来られなくても、会が持っている理念に共感して会員になっている人の、気持ちが離れてしまい、会の活動縮小化のメッセージと捉えるのではないでしょうか。

 営利団体であれば、このような問題には活動内容見直しで活動方向転換、会員数増減などができるでしょう。私たちは非営利組織の任意団体では、何らかの公益性をおびた特定の事業内容自体(世間が求めている活動、その団体であれば世の中に問題点を指摘、理解される活動・・・)が存立目的です。この点を忘れると、組織の存在意味が無くなるだけではなく、組織そのものがジリ貧化すると思います。

 2017年11月13日

43 オオタカ希少種解除決定その後

 環境省は9月21日にオオタカを種の保存法での希少種から解除することを決定しました。主な団体の見解は下記で広報されています。

日本野鳥の会見解.pdf
PDFファイル 386.9 KB
日本オオタカネットワーク見解.pdf
PDFファイル 532.7 KB

 オオタカへの対応が環境省から各自治体に降ろされており、各地の状況に個々に対応する事が求められています。神奈川県では繁殖期の絶滅危惧Ⅱ類、非繁殖期の希少種として、「猛禽類保護の進め方」(環境省 2012/12)に拠った自発的な配慮を促すとして、従来適用してきた「神奈川県オオタカ保護指導指針」を一部改訂して、2017/11/1から施行すると

神奈川県から発表があった。神奈川県の前向きな対応に敬意を表すると共に、各地の取り組み方法の先駆的な事例であると思う。このための調査、モニタリング、保護活動に積極的に関わっていきたい。

2017年10月26日

42 正論と言えど

 問題がある時、私たちは議論で真っ当な結論(正論と思う事が多い)を得る事が多いと思う。これは仲良しクラブ的と思われる仕組みでも当然の事とされる。しかし、仲良しクラブ的では、それを実行する時、内部の理由、外からの力等で挫折してしまうことが多々ある。今回の衆議院議員選挙でも敗北した政党にそれと似たことがあった。仲良しクラブ的組織の弱みである、この点をカバーするため、関係者をまとめて正論が持続できる力、最後まで団結してその方向に導ける(ある程度、強制力が必要かも)力量が求められている。正論でないものでも、無理に押し込んでくるものには、「正論は正しい、皆に理解される」だけでは済まない。

2017年10月19日

41 理解が足りなかった

 野鳥の会の各地の支部報を見ています。その中で、ある共通した文言を見ます。行政が結果的に自然破壊をしてしまった結果に、野鳥の会が抗議、要望すると、さすがに照会を握り潰す例は減ったようですが、決まった言い回し回答をよく見ます。「〇〇〇への理解が足りなかった、内部で情報共有できなかった、今後、職員を研修し、理解を深める」行政の一部門が計画した事業を、自部門を律する法律、規則等に違反しない限り、そのまま遂行してしまい、不具合点を外から指摘されて発覚する場合が多い。縦割り行政のお粗末さも然ることながら、問題点を予想できない想像力の無さは情けない。明らかに確信犯の場合もあり、その場合は追及を弱めてはならない。

2017年9月20日

40 便利、お得以外に何があるのか

 アップルは9/13、スマートフォンの未来志向高級モデルの iPhone X を発表し、スマートフォンに関心のある方々の話題になっている。今では電車に乗ると、殆どの人がスマフォの画面を見ている。若い人はそれを扱うのが彼らの文化になっているのであろうが、年配の人はどうでしょうか。スマフォの伸びが衰えたためか、今まで余りスマフォを使っていない年代にもスマフォデビューと称して購入するよう宣伝がされているのを見る。どれを見ても、スマフォは便利、お得が謳われているのみで、今までにない新機能を持つ新発明品とは思えない。現代のデフレ状態の経済状況では世の中の多くの商品は、単に便利、お得ばかり叫ばれ、他には無い優れた機能を競っていた時代ではなくなっている。

「便利」とはノルマを持つ人が、決められた時間内で、更に多数案件処置ができるようになる意味であれば、確かにその物差しでは便利である。単にスマフォ間の機能比較で便利と言っているだけの場合もある。お得は主に損得を示す経済的な事を示すのであれば、本来、全く新規支出が無い状態が最大のお得で、スマフォで同じ機能を使うのであれば、こちらの方が支出が少なくて済むとかとの比較の問題であろう。自分が本来持つべき時間、手法が無くなるほど、スマフォの時間が増えれば「便利」でなくなる度が増す。

 「スマフォ依存症」(アル中と同じかも知れない)が問題になると、使い方のマナーの遵守、正しく使うとかが叫ばれるが、家で食事時、ワインを飲んでいたものが、無尽蔵の超小型ワインボトルを常に持参しているようなもので、その使い方のマナーはなかなか守れないのが現実である。使う立場では楽しいとか、面白いとかあるが、この中には逆に苦しい、怖いことも必然的に紛れ込んでくるので、必ずしも思うようにならないことがある。

 嘗て、ウォークマンが出たとき、好きな時に好きな音楽が聴けて便利で楽しいとあったが、従来の音楽プレィアでも音楽が聴ける機能はあり、私にはその意味で新機能を持った新発明品ではないのは、今のスマフォの機能でも同様と思う。事情が柔軟になった結果、逆に好きではない時に、好きではないものが、願わない結果を伴うリスクも高まっている。

 これを防ぐには「スマフォ依存症」にならないこととあるが、それを確実にするにはスマフォを使わない事も投稿されている。従来の個別の機器(パソコン、テレビ、ラジオ、新聞、ガラケイ、デジカメ、GPS機器、電話、FAX、ICレコーダー等)で対応できて来た世代としては、機器が分かれており不経済と思うかもしれないが、その用途に対応して使うのは、スマフォにいつも縛られていないことで自由と感じる。現在の生活の質を保つには、その機器が無くなり、その使用費用が極大になり、世の中でスマフォ以外使えなくなるまで待っていても遅くはない。スマフォを使う時、その人にとって新しい新規の機能は何かを考えてみてからでも遅くはない。スマフォはその機能集中、ポータビリティでは新発明と言うよりも新文化で、それに使われず、使いこなせるようなるための過度期である。実はパソコンも多機能があり、無意識で使うとやはり依存症になりかねず、その時は席を立てば済むが、スマフォは手放せない宿命にある。嘗て、キャンプ道具に缶切りや錐等色々な道具がついたナイフがあり、その内、無くなったが、アナログからデジタル機器になっても、未だ使い勝手が悪いと感じています。自然観察会にスマフォを使おうとの寄稿を見て、現状では便利さの誘惑で、余分にやる事が増え、短時間で多数処理できても、自分本来の時間、やり方が減り、ストレスが増えかねないこともあり得るとの懸念からの参考意見です。

2017年9月13日

39 子供に自然に触れさせよう

  夏休みも終わり、心に悩みを持ち、人と折り合いができず、引き籠る子供たちがいるとの報道を見ています。人が作った世界だけに嵌り込んでいると、なかなか抜け出せず、時には人間も自然の中での一員であるのを知るのも必要と思います。自然の中に棲む生き物が前向きに生きる姿を見るのは意義があります。

「野外生活指針協議会」のHPには、スウェーデンで開発、実践されてきた環境教育「森のムツレ教室」の紹介があります。自然と仲良くするステップが示されており、1・自然の中で安心して快適に過ごせる 2・自然を楽しむ 3・自然を見て観察する 4・自然全体のつながり関係を理解する 5・人間がどう自然に関わっているのか知る 6・行動をして人間と自然に貢献する とあり、子供の成長に合わせてこのステップを経る必要があるとあります。大人の中にも、自然が大事として何らかの行動をしようとする時、これらのステップを(子供の時)通過してきていないため、感性、知識、理念がマッチしないことを経験しています。ある年代以上の多くの人は、意識せずにこのような経験を経ているので、自然に対し違和感なく対応できるようですが、私たちの子供たちには電脳空間ではなく、実世界の自然を経験させたいものです。

2017年8月24日 

38 オオタカ希少種解除決定

  本日8/24の報道では環境省は8/23の有識者小委員会で了承されたとして、9月21日にオオタカを種の保存法での希少種から解除(法的発効)することを決定しました。
 環境省は実施した意見公募では、オオタカの希少種解除後の里山保全策を求める意見も多かったとして、同省担当者は「里山環境を守る法整備も検討したい」とあります。
 また、日本野鳥の会の葉山政治自然保護室長は「生息状況は都道府県ごとに異なる。国が希少種から外しても、保護が必要な都道府県は条例などで対応すべきだ」としています。  

 環境省としては、奄美大島のルリカケスに続く成果として、オオタカを守った、オオタカの代わりにキーストーン種を多数、種の保存法での希少種に追加していくことを前面に出していますが、中央環境審議会自然環境部会野生生物小委員会は「指定解除後のオオタカ保全策について説明する必要性を指摘」とあり、環境省のこの部分の説明が確固たる保護政策がが担保されておらず、色々な問題点を提起していると思います。広い範囲を利用し、多くの人が漏れなく気づくオオタカ(アンブレラ種と呼んで良いのでは)、アンブレラ種を外し、今後キーストーン種で保護を目指にしても、今までの自然保護のやり方、実効性が大きく変わる懸念を持っています。

2017年8月20日

37 カメラマンはオオタカの営巣に悪影響を与えている

  川崎市のUさんが長時間オオタカの巣に長時間張り付くカメラマンのマナーについて、下記述べています。私も長年のオオタカ営巣地を見守ってきた結果では、オオタカは春先に古巣の戻ってきて、造巣、産卵準備をするのですが、最近、早めにカメラマンが営巣木近くに立ち入るためか、営巣せず、オオタカが巣を離れてしまう例を多く見ています。

 オオタカは巣の出入りに適した、前面空間が広がる営巣木の中途に巣を作ることが多かったのですが、最近は、カメラマン等の目から逃れるためでしょうか、樹林の樹冠に近く高い場所に巣を作り変える例が増えています。これでは、上空からカラス等の外敵に見つかる可能性が高まり、また直接、巣に陽が射し込むことが多くなり、卵や雛が捕食されたり、暑さに弱い雛の巣立ちが悪くなっている印象です。また、人の長時間立入で、オオタカが巣を十分に作れず、貧弱な巣のままで、短期間で落下する例も多発しています。以前の古巣は使われなくなっても、しっかり残っているのと対照的です。

 これらを思いを巡らすと、単にオオタカの写真を撮りたい一心で、オオタカの営巣木近くに長時間滞在するカメラマンは余りに身勝手で恥ずべき行為であるばかりでなく、都市部ではオオタカの一番の天敵になっています。

2017年8月19日

36 野鳥カメラマン(主にオオタカ撮影)のマナーについて

 長年、オオタカを見守ってきたUさんから、下記のメッセージが届いています。

 最近、オオタカ撮影のカメラマンによる、営巣放棄や繁殖への悪影響が多く報告されている。オオタカは非常に繊細な鳥なので、十分な配慮が必要なのに、全く配慮のないカメラマンが多数いるのである。 ツミやチョウゲンボウなどとは、全く違うので注意が必要なのである。繁殖期初期の巣造りや交尾の時期に、営巣林に入りオオタカを追い回す人たちがいるが、この行為はほとん どが営巣放棄につながるので、絶対にしてはいけない行為である。  以前、このような無知なカメラマンに、我々地元でオオタカを保護したいと思っているカメラマン数名が、 何度も注意したにも係わらず、全く聞く耳を持たず営巣放棄させてしまったという、残念な思いが残っている。
  また、営巣木を大勢で長時間囲み、雛の写真などを撮るカメラマンが居るが、この行為はオオタカの親鳥に 非常に大きなストレスを与え続けるだけで、良い写真などは撮れない。  この行為により、親鳥が巣に餌を運ばなくなり、3 羽居た雛が 2 羽になったり、1 羽になったりと、雛の死につながったり、雛の成長を極端に遅くしたりしてしまう。栄養不良になってしまうのである。  巣立ったから問題ないなどと考えることは全くの間違い。 雛を人質に取られ、嫌だけどしょうがなく育て ただけなのである。
 巣の様子が見える方向からの撮影は、出来る限り離れた場所にて 15~30 分以内、基本的にそれ以上長く居たことはない。2 時間 3 時間張り付くなどと言う行為は言語道断である。 全くオオタカを知らないカメラマンと言うことになるのである。
 オオタカは個人識別ができる鳥である。 11 月頃から観察を続け、早朝 6 時前に現地に着き、嫌がる行為 をせずに接して居れば、信頼関係が築け、森で会ってもあまり逃げられなくなるのである。その後、鳴き声で行動を把握し、撮影したい時に見える場所に行って撮影するのである。 信頼している人には無頓着になるので逃げることはない。 それとは逆に嫌なことをする人には、すぐ逃げるのである。
 このようにオオタカの本質を十分知ってからでなければ、撮影をしてはいけないのである。 そこを間違え ずに、優しい配慮を持って接するカメラマンが沢山増えることを望んでいる。  間違っても営巣林に居座り、我が物顔に振る舞う無知なカメラマンだけにはならないでほしいと思う。

2017年8月12日  

35 神奈川県におけるオオタカ保護について

  仮に環境省がオオタカを国内希少種から解除し、種の保存法での法的保護責務を放棄した場合でも、神奈川県では神奈川県RDB繁殖期の絶滅危惧Ⅱ類で、絶滅の恐れがあるとして、下記のオオタカ保護指導指針は保持すべきである。全国的にも神奈川県、埼玉県で実施されている県レベルのオオタカ保護方策は誇るべきで、継続すべきで、他都道府県でも見習って欲しいものです。更に「猛禽類保護の進め方」(環境省)は行政、地権者、地元団体が培ってきた保護施策の基本になっており、その文化は絶やしてはならないもので、他の希少種保護にもその考え方は広めていかねばなりません。

 

神奈川県オオタカ保護指導指針の意義

オオタカは、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律の国内希少動植物種、環境省RDB準絶滅危惧種及び神奈川県RDB繁殖期の絶滅危惧Ⅱ類、非繁殖期の希少種であることから保護の必要性が高く、その営巣適地である丘陵地周辺は開発などの影響を受けやすい地域であり、また、オオタカを含む猛禽類は、食物連鎖の頂点に立つ種で広い行動圏を持つことから一般に地域生態系の指標になるとされる。このことから、県はオオタカを指標とした本指針によりその生息情報の収集・管理と提供を通じ、広く県民、事業者による「猛禽類保護の進め方」(環境省 平成8年)に拠った自発的な配慮を促し、オオタカの保護及び自然環境の保全を図るものである。

2017年7月24日

34 そこには希少な動植物が棲息しなくても

 開発業者からそこには希少な動植物が棲息しないので、環境改変しても問題ないのではと言われることがある。これが種の保存法での希少動物であるオオタカが棲息している場合は、自然環境改変には慎重な対応が求められることになる。オオタカが問題になるのは、オオタカが棲息する自然環境は生物多様性に富み、人の手が入るとその脆弱性のため、貴重な自然環境が壊れる恐れがあるとの事実認識が定着しているためと思われる。オオタカそのものを護るだけではなく、その棲息自然環境を護る意識が広がっているためである。

 希少種有無の違いは何なのか。希少な動植物はその自然環境の質を評価する指標にはなるが、その環境をどう保全すべきかは、トップにいるこれら種からだけ見るのではなく、希少種に拘らず、そこに生きているいわゆる専門家が言う普通種が、その地の生物多様性をどう形作っているのかをよく見る必要があるのではないか。その地にどう手を入れるか否かは、個々の動植物の有無のみならず、その地の自然環境状態をよく見て判断しなければならない。自然環境状態が良い場所は当然、希少種が多く見つかる傾向にあるとの理解で良いのではないでしょうか。

2017年7月4日

33 環境省からオオタカ希少種解除に関連するパブリックコメント募集

  オオタカ希少種解除に関し、環境省からパブリックコメント募集が出されています。神奈川県では、オオタカ生息地は脆弱な環境で、全国的にも、里山を保全する上では重要な位置付けにあります。様々な立場で、ご意見を出して頂ければと思います。8月3日が締め切りです。http://www.env.go.jp/press/104252.html

 

 日本野鳥の会本部からも下記の呼び掛けが届いています。

■オオタカの「国内希少野生動植物種」指定解除に関するパブコメにご意見をお願い致します■
 環境省は、7月4日に、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律施行令
の一部を改正する政令(案)」(国内希少野生動植物種の指定及び解除)に対する意見募集(パブ
リックコメント)を開始しました。この中では、国内希少野生動植物種(以下「国内希少種」
という。)に、ヘラシギ、チュウヒ、シマアオジの3種が新たに指定されるとともに、指定
解除として、オオタカの指定解除の方針と解除後の保全策が公開され、意見募集がされてい
ます。
 オオタカは、1984年には推定個体数300~480羽とされ、1993年には絶滅のおそれのある
野生動植物の種の保存に関する法律(以下「種の保存法」という。)の施行とともに、国内
希少種に指定されました。その後2005年には個体数が約1,800~2,200羽と推定され、生息
状況が回復しつつあることから、レッドリストの改訂で「準絶滅危惧」(NT)となり、その後
の改訂でも引き続き「準絶滅危惧」(NT)となったことから、環境省は2013年よりオオタカ
を種の保存法の国内希少種の指定から解除する方向で、指定解除後の保全策の検討や自治体
等との調整を図ってきました。
 今回の意見募集は、オオタカの指定解除後の保全策について、「捕獲・流通・輸出入の規
制」、「モニタリングの実施」、「指定解除後の再評価」等が明らかにされ、下記のウェブ
サイトにおいて紹介されています。募集期間は7月4日~8月3日です。
 http://www.env.go.jp/press/104252.html
 当会では、オオタカの国内希少種からの指定解除に関して、次のように考えています。
・オオタカの生息状況からみて、指定解除は妥当であると考えられる。しかし、これまでオ
オタカは里山のシンボルとして各種の開発計画から里山を守ってきた経緯がある。指定解除
後もオオタカが生息する自然環境が保全されるような別の仕組みが必要であり、それが未整
備のままで解除をするべきでない。
・環境アセスメント(国、県)や各種の開発行為において、環境保全措置を検討する際には、「猛禽類保護の進め方」の内容が、確実に活用・反映される仕組みが必要。
・もし、仮に指定が解除された場合には、各都道府県での取り扱いがとても重要となる。都
道府県が主体となって、オオタカの有害鳥獣捕獲の防止や個体数のモニタリングについて、
仕組みを整えるべきであり、また、その地方の生息状況によっては、新たに希少種保護条例
の設置なども必要となる。国による指定が解除されたことに連動して、都道府県での指定解
除が安易にされるべきではない。
 こうした点にご配慮いただき、連携団体(支部等)の皆さまにおかれましても、上記のウェ
ブサイトをご覧のうえ、指定解除に対してや、保全策へのご意見・改善点等を提出下さるよ
うお願い致します。(自然保護室/葉山 政治・山本 裕)

 

・環境省と長年協議を重ねてきた関係者の1人、日本オオタカネットワークの氏のコメントが下記届いています。

  このパブコメに対しては厳しい意見を提出しなければならないと考えています。以前からの論点に環境省が答えていないためです。
  しかしながら、「希少種解除」と「それによって生じる問題への対処」をどの範囲まで考えるかについて、私たちと環境省は一致していません。示されている「解除後の対応」は、野生生物課で考えられる範疇のものです。私たちの論点は「里山環境保全の法的根拠をどう担保するのか」ですが、野生生物課から見れば守備範囲を超えた別件扱い(関連があることは分かっているが、直接どうこうできる問題ではない)になるのでしょう。
  この観点から見れば、セットでなければ容認できないとする意見は野生生物課に対しては無理筋かもしれません。ただ、この問題の根本がどこにあるのかについて、しっかりと意見することは重要であると思います。
  環境省の考え方(添付HP資料③)を読めば分かりますが、環境省は里山が存在していることを前提とした施策をいろいろと考えています。指定選定にしても、活用方法にしても、それが前提です。私たちは、その前提が崩れる(開発計画にさらされた場合)ことに対する防御策がないことを問題にしています。これを継続的に論点としてきましたが、結局のところ、環境省はこれに答えることができないままで解除に踏み切るという状況になっています。
  こうした状況を踏まえて、多くの方から種々の意見が寄せられることを期待したいです。

 

・希少種指定が「猛禽類保護の進め方」適用の正当性を担保している。「猛禽類保護の進め方」には適用義務がなく、内容に法的拘束力もないので、取り扱っている種が希少種でなくなればガイドラインとしての機能は形骸化する。

・里山活用施策は里山が物理的に守られていることが前提だが、その前提を担保する法整備を欠いていることが問題の本質である。オオタカが希少種であることで里山が守られてきた経緯もあり、里山を守る「何か」を準備することが希少種解除の条件。

2017年7月1日 

32 忖度より斟酌が正確な表現

 今年は忖度(そんたく)という言葉がよく使われてきた。単純に相手の心情を推し量るの意であるが、大元の相手が特に指示を出さずとも、表に出てこない状態で当事者の(私たちの)相手がそうしているとの解釈である。実情を見ると、斟酌(しんしゃく)が正しい表現で「推し量った上で、それを汲み取って何か処置をする」の意で、大元の相手が直接、対面の当事者に指示を出しているか、または当然ながら、処置するときは、大元の相手に承認をもらい、当事者が相手の意向に沿い、処置しているものである。これが度を過ぎると、便宜供与となり法的な問題が出る。長い自然保護活動でこのような事があったことを思い出し、今の政治でも行われていると思う。両者は外から見ては区別しずらい言葉で、忖度は●●する、●●しない等自動詞で動き、斟酌は●●させられる、●●できない等他動詞での動きかと思います。

2017年6月6日

31 オオタカを希少種解除へ(2)

  5月23日に新聞報道内容について当方コメントしたが、その後の環境省の考え方は当方では確認できていない。本年2月17日、環境省、日本オオタカネットワーク、日本野鳥の会、日本自然保護協議会で持たれた事前協議の場で、環境省は下記説明したとある。

 

1・オオタカの希少種の解除だけでなく、必要な種については新たに指定するためのデータ収集を行っている。

2・種の保存法の改正の検討の中で二次的自然に生息する絶滅危惧種を指定する新たな制度を検討中である。

3・鳥獣保護管理法の省令改正に向けての情報収集を実施中である。

 

 これではオオタカがどの様な扱いになるか、具体性は見えないが、2項については、環境省が前々から言っている、種の保存法の中の希少種指定を増やすこことかも知れない。3項は、2016年3月5日の「オオタカの国内希少野生動植物種の指定解除に関する意見交換会(東京)」での下記環境省の議事録が関係しているのかも。

・鳥獣保護管理法をもう少し充実させて、猛禽類保護の進め方に準じた対応を法律のなかで位置づけられないか。
 環境省:猛禽類保護の進め方はガイドラインとして出しているが、これを法律の中に位置づけるとなるとかなり私的規制が入るので、どこまでできるかということはここでは申し上げられない。
 パネラー:希少鳥獣は都道府県の方も気にされている。法律の中に種名が入っていることで自治体に対する影響も大きくなる。そういう意味で、次のモニタリングでオオタカが安定しているという結果が出るまで希少鳥獣に位置づけておくことが必要だと思う。理想的として挙げた県の条例の根拠法としても種の保存法と書いてある。種の保存法から外れると、条例に書いてある根拠法がなくなってしまう。

 ちなみに、質問は当方で席上、出しました。パネラーはH氏です。

2017年5月26日

30 自然保護団体と言えど

 多くの自然保護団体が自然環境や緑地の保護、保全に携わっています。その場所が私有地である場合は、地権者の理解、協力が必須で、最終的に地権者へ保護、保全方策を要望する形になることが多いと思います。一方、公有地であれば、多くの市民、自然保護団体が関わることが可能になります。それが街中(周辺)にある場合は、地元の方、(以前の)地権者等の思いにも配慮が必要になります。

 自然保護団体はその場所の保護、保全に関し(専門性の)知識、知見はありますが、団体間でその内容に微妙な差異があることがあり、個々に作業をする時、作業内容で確執が生じることがあります。頭の中での表現の世界では、互いに切磋琢磨する良い機会になりますが、全員で共有している1つしかない作業現場では何らかの調整が必要になります。県内でうまくいってる事例を見ると、関係者の意見を調整する仕組みが効率良く働き、事前に個々の作業内容を関係者間で把握、了承し、相互理解がされているようです。

 関係者間で意見調整が難しいときは、そこに関わっている行政が指導性を発揮し、多くの人が了解できる、関係者で現場を確認しながら、話し合いで調整する継続する場作りが望まれます。

   5/28の観察会に一般参加された他の場所で保全作業をしている、Tさんから下記ご意見頂きました。「藤沢市は市内三大谷戸(清水、石川丸山、笹窪谷)の保全を目指すと宣言していますので、藤沢市はそこに関わっている団体、個人が互いに連携できるような仕組み作りに率先して尽力して欲しい。各場所関係ごとの縦割り行政組織を越える、縦断的に見る組織であって欲しい」とありました。私たちは広く情報共有、価値観共有し、互いに敬意を払い作業ができる仕組みを求めています。

2017年5月23日

29 オオタカを希少種解除へ

 5月23日の朝日新聞等の報道によると、「環境省の中央環境審議会は5月22日の小委員会で、オオタカを種の保存法での国内希少野生動物種から外す方針を決めた。環境省は6~7月頃にパブリックコメントの公募を行った上で、解除の是非を判断する。8月以降に解除される見通し。この日の小委員会では、指定解除後もオオタカは鳥獣保護法で引き続き捕獲や輸出入が規制されると説明。絶滅のおそれが改めて確認されれば再指定をするという。ただし、オオタカは里山保全運動などの象徴的存在で、自然保護団体は解除で開発が進むことを懸念している。日本自然保護協会の辻村千尋・保護室長は環境省の対策にはオオタカが果たしてきた役割を担保する措置への言及がなく、その点では極めて不十分だと指摘する」とあります。
 これより以前の中央環境審議会自然環境部会野生生物小委員会は環境省はオオタカ指定解除後の保全策について説明する必要があると指摘しています(環境省ホームページ)。環境省はこの点に関する自然保護団体等の懸念に対し納得いく説明を全くしていません。オオタカは指定解除後も鳥獣保護管理法で引き続き保護されるとあるのは、オオタカは野生鳥獣ですので、従来からこれは当然の事です。今回、指定解除で種の保存法でカバーできなくなったオオタカ(生息地)の保護方策が法的に担保されなくなることが、大きな問題になっています。環境省はオオタカが種の保存法での希少種に該当しなくなっても、オオタカ保護の必要性は従来と何ら変わらず、指南書「猛禽類保護の進め方」は行政部門に通知徹底していくと口では説明していますが、その法的裏付けを放棄しています。

 下記2点はこの点をカバーするために、従来のパブリックコメント募集で当方から意見を
出していますが、環境省の回答は理由無しに、単に適用しないとの回答でした。

 

1・種の保存法の中でのオオタカの位置づけが里山環境保全に大きく寄与してきた事実を認識すべきである。仮に技術的にオオタカが絶滅危惧種でない状態になった場合でも、国はこの機能を低下させないよう責務がある。今のままでは地方自治体にその機能を移すのは無責任である。国の法律の中で国の立場を明確にしておくべきである。オオタカのように多くの人の目が届き、アンブレラ種であるため、ある程度まとまって範囲をカバーし効率よく他の希少種も守れるものはいない特性を最大限利用すべきである。「種の保存法」で適用される種を絶滅危惧種及びそれに準じた種(別途定める)に改訂する。

 

2・鳥獣保護管理法の中で希少猛禽類(定義)について「猛禽類保護の進め方」に則り対応
すべき等を追記する。これが無いと地方自治体の条例作りの根拠、動機付けにならないし、
今のNGOの活動を後退させる恐れがある。環境省が言う法的に裏付けられていない里山保全だけでは、残された緑地は効果的に保全できない。その意味で、普遍的に緑地を守るために従来の枠組みの中でのオオタカの役割は大きい。
今回もこの点を強くコメントしたい。

 

 環境省はオオタカは増えたとしているが、そのデータの集め方に自ら不備を認めており、
全国から多くのコメントが出されておりますが、形の上では今回、決着の形で、「数は増えても、安定的に子孫が残せる状態には無い」のが実情で、今後の推移を見守りたい。


 また、「オオタカが絶滅のおそれが改めて確認されれば再指定をする」という説明は、既にオオタカが生息できる緑地が極めて少なく限定的になっていますので、このようなオオタカの生息に適した緑地が今後とも確保される保証が無い限り、現実的で責任ある提案ではないと思います。(日本野鳥の会神奈川支部オオタカ調査グループ 代表 森 要)

 2017年5月16日 

28 ボランティア団体といえど(2)

 (自然保護の) ボランティア団体は同好会的活動で、自分の好きなことに専念したオタク的な活動が結構あります。その結果、手間暇が掛かることは好まれないことがあります。
 ボランティア団体存在価値の1つに社会的な役割、評価があります。市民の中や行政担当部門からは、その活動への理解、評価、期待があり、仮に活動に参加できなくても、会員間、会員への連帯感、誇りのようなものがあります。
 例えば、広範囲または連綿とした調査、自然環境への問題点提起、その解決に自ら努力すること、自然に関する知見を広めることとか多数考えられます。それらは会報やネットで世の中に伝えることもできますが、その地域のことは行政、他団体との連携も必要になります。私は秘密裡で行われることが多い、オオタカ調査、保護活動を行政と会員が連携して行っているのを誇りに思っています(下記に示すように当時のトップが決めた方針のお陰です)。

 ある程度会員がいる団体では、対外的窓口でもある会員をまとめる事務局、役員会等の確固たる体制が望まれます。トップに立つ方々のしっかり審議された活動方針立案、会員の意見集約、モチベーション維持等問題点を常に意識して貰いたいものです。要は誠実さ、協調性、責任感です。会費で運営している限りは、このような緊張感、問題意識は必要と思います。また、活動方針を説明する機会や会員意見を聴く総会のようなものが無い会は、会員へ目線が行っていないためもあり、会員が減り続けていると感じます。
 トップの中で意見を集約できず、関係会員への根回しも無く、独断(思い付き?)でトップからの提案で、会員の協力は得られず、無関心、相互不信のため、結局、会の活動が低下している例を経験しての一般論での意見です。

2017年5月8日

27 やはり林床の全面刈りは良くない

  都市公園では樹林帯の見通しを良くし、同時に林床が一面にきれいに刈り取られることが多々あります。防犯上の事、近くの民家へ害虫、落葉対策でやむをえない事情もあります。

一方、自然を保護することを優先する緑地帯では、人の手を多少入れて林が荒れるのを防ぐ必要はありますが、それが過度になると本来の目的とは違う方向になる恐れがあります。

中間層の灌木が伐採され、高木層だけになると、生き物は減ることは知られています。更に地表の草地を人工芝生のように全面低く刈り込むまでやるのは、生き物には問題が出ると思います。野鳥は翼があるので近くの森へ移動、虫等は刈り残された周辺へ移動できると人の目線で正当化する人もいます。この5月の連休中、そのような場所を観察してみました。従来、下草があり辛うじて踏み跡がある場所は、全面刈で踏み跡がどこか分からなくなっており、どこでも何の抵抗も無く人が気楽に歩いて入れる状態です。遠くからの見通しも良いので、花をつけている希少種の植物が簡単に見つかり、この5月の連休中、かなりの植物が持ち去られていました。また、低く刈ってあるので、芽吹きがうまくいかない植物も散見されました。従来はかなりの刈り残しがあり、植物はこれで助かっていましたが、全面刈は植物にも酷な状態を押し付けています。やはり、林床の全面刈りは良くないと思います。

2017年4月17日

26 公益的市民活動 

 都市公園緑地の手入れ作業に対し、行政が公益的市民活動に指定している例が多く、作業団体は市民活動費公布対象になっています。交付金額は作業面積対応で決められている例が多々あり、そのため、効率的に機械で林床が一様に広く刈り取られているのを見ます。  

 ここ笹窪谷内の谷戸横断道は人が通るため、その両側約40m幅に渡り、火災防止の意味と見通しをよくするため、私たちは除草作業をしています。この作業は行政の公益的市民活動に指定されています。谷戸横断道上流側の谷戸は、貴重な谷戸として、残すことが決定がされており、高茎の外来植物が繁茂したまま荒れていましたが、手入作業で環境が整備されつつあります。この部分は現在、私たちはボランティア作業で進めていますが、谷戸環境を護る実効性あるこの作業も作業が持つ意味からも、斜面林の林相保全作業同様、公益的市民活動と認識、理解が深まることを願っています。私たちは営利団体ではなく、生物多様性を考慮し自然環境保全を目指す任意団体ですので、交付金有無、多寡に拘るものではありません。

 都市公園とは違う市民の財産である里山、谷戸を護るモチベーションには単に作業面積だけではなく、作業内容、価値の要素も考慮して欲しいものです。単に作業面積だけで捉えた場所では、上に示すように自然環境の多様性が無くなり、生き物がいきずらくなっているのを見ます

2017年4月1日

25 広い視野でのゾーニング

 生き物に配慮してゾーニング(区分け)を考え、谷戸内で作業をしています。谷戸で産卵するカエルや、谷戸内のヨシで虫をとるシジュウカラは周囲の斜面林も利用していますので、狭い範囲に固執せず、広い視野でのゾーニングが必要と常に思っていました。野鳥の会栃木支部報(2016/9~11月)に東邦大学地理生態学研究室 藤田薫研究員の「雑木林管理の鳥への影響」の投稿記事がありました。

 その要約は「雑木林を管理すると春先に林床に光が届くので林床植物の種類が増える。中間層の藪が無くなるため鳥の種類は減る。横浜自然観察の森で毎年手入をしている落葉樹林と管理していない林を比較調査した。野鳥については繁殖期も冬期も管理していない林の方が種数が多い結果であった。管理された林は低木がなく、高木と草本の2層に対し、管理されていない林は高木、低木、草本の3層構造が関係している。低木が発達した林でもササやアオキが多いと鳥は減り、ホオジロやフクロウは林床が密集すると減る。そのため林の管理は自然が遷移する力を、人手でどの段階で食い止めるのか、容認するのか、周囲の環境や生き物の情報を集め、その地区の生物多様性保全でその林がどのような役割を担うのかを考えながら広い視点で行うべきである。その課題として例えば周辺で減少している広範囲を利用するフクロウ、オオタカ等が棲む里山作りがある。」

 これからの示唆として、その地区の生物多様性保全の観点より、その地が自然環境でどのような役割を担うのかの理念を持つべきで、笹窪谷はそれほど広い場所ではないので、変化に乏しい類似の環境創出ではなく、谷戸、林も含めて、個々の生き物に配慮した平面的にも立体的にも多様な環境が生物多様性を改善する方法と思います。猛禽類のフクロウ、オオタカが棲む里山作りも課題である。

2017年3月18日

24 生き物の生活の場を見る

 谷戸手入れを始めてから4年、当初は「生き物の生息場所の保全・改善」(この理念は常に正しい)と思っていましたが、作業を断続的にボランティアとして続けた結果、少し違う思いもあります。谷戸内に棲息する生き物が主役で、私たちはその生活の場に手を貸しているだけではと思い、それで作業が長続きできているのではと。個々に生き物を発見し、自分が関心があるものを観察し、記録するのは楽しいことですが、更に生き物との付き合い方のマナーを守りながら、作業をしながら生き物の生活の場を見る、護るのは別の楽しみ、使命を感じます。目で見るだけでなく、手足を動かす作業をしてみませんか。「見る楽しみ」から「フィールドワークの面白さ」です。

2017年3月5日

23 オルタナティブ・ファクト 

 Alternative Facts(直訳:もうひとつの事実、意訳:俺が言うのが本当)、変な言葉が使われている。Alternative PlanやAlternative Proposal(代案)のように、複数が想定されることに使われる言葉である。Fact(事実)は1つと多くの人は信じ、異なる事象がある場合は、何が事実であるのかの疑問の下に置かれ、真実が判明するまではそれは事実として組み込まれない。その意味でそれを伝えるメディア並びに意見を発信している個人の責任は大きく、それを万人が納得し認めて初めて事実として取り扱われる。

 政治の世界でこの言葉の使われ方は別に置くとして、自然環境保護関係で直接この言葉は使われないにしても、事実でないことをもって、対応されることがある。自然環境調査では四六時中の観察、調査は不可能であるので、何が事実であるのか究めるのは困難であるが、誰よりも多く私たちが現場で観察、調査を続けて得られた結果は自信を持って(本当の)事実(True Fact)となる。

2017年2月27日 

22 述語内容を示さぬ文章

 先にオオタカ営巣林で営巣期にはオオタカの営巣に悪影響が出る恐れがあるため、伐採作業を中止して欲しい旨注意喚起した結果、当事者からの回答は「生態学に精通した専門家に相談し、環境に影響がないよう作業をした」とありました。このような回答は以前にも経験しているよくあるパターンで、主語はしっかり書いてあるが、述語はいきなり飛躍した結論のみで、○○であるからそうなるとのしっかりした述語が無い。照会者は根拠を示して要望しているのに対し、回答者はそれに反論できる根拠を持たぬため、自分たちの行動を正当化するための紋切り型文章での回答で、照会者の不審を買うのみである。環境アセスメントの文章でも「環境への配慮をしている。(この作業の)環境に及ぼす影響は軽微である」がよく出てきて、肝心の環境への予測、評価に口をつぐんでいるのと共通している。

 政治家が疑惑を追及されると「そんな事は絶対にあり得ない」と根拠を示さず、突っ張るのと似ているが、自然環境保護は政治的な問題ではない。

2017年2月16日

21 理念法でも

 自然保護に関する法律は殆どが理念法で、基本理念を定め具体的な規制や罰則については特に規定していない法律である。罰則が無いので、その効果に疑問視する声は多い。

 先にオオタカ生息地保護で神奈川県に対応を依頼したことがある。この根拠は「種の保存法」(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)でオオタカを特定国内希少野生動植物種に指定し、個体及び生息地の保護が求められているためで、県はその具体的
方法として「神奈川県オオタカ保護指導指針」を発効させている。

 嘗て(理念法でも)オオタカ保護に関する法律が無い時は、開発担当部門は開発手続きの法律に違反していないとして、全く自然保護の声を聞く耳を持っていなかった。しかし、「種の保存法」の制定、それに関連して環境省の「猛禽類保護の進め方」の公布で、不満足ながらも何らかの前進があったと考える。「種の保存法」の中で「この法律の適用に当たっては、関係者の所有権その他の財産権を尊重し、住民の生活の安定及び福祉の維持向上に配慮し、並びに国土の保全その他の公益との調整に留意しなければならない」とあり、自分の所有権、財産権をまっこう押し通せず、何らかの配慮が必要になっている。例えば、開発工期の見直し、開発方法の見直しに始まり、ゾーニングでの切り分け、代替地選定、開発中止等に発展している。仮に理念法でも市民の関心が高まった結果で注目すべきことである。
 ここにきて環境省はオオタカはレッドデータ見直しで「準絶滅危惧」になったとして、「種の保存法」の特定国内希少野生動植物種から外す計画を発表している。この法律の中で特定国内希少野生動植物種は「レッドリストに掲載されている絶滅のおそれのある種(絶滅危惧I類、II類)」とあり、準絶滅危惧はこれに該当しないを根拠にしている。環境省は説明会で法律に合わない「準絶滅危惧」を該当種に掲載しておくと、開発関係者の所有権、財産権を侵害されたとしての裁判で国は必ず敗訴する」との懸念の本音を言っている。それでも環境省はオオタカ保護の重要性は従来と変わりがない事を訴えていくとしており、それを担保する法的裏付けを放棄している。環境省は「種の保存法」を随時改訂しているが、「種の保存法」の理念に照らし合わせて、オオタカを特定国内希少野生動植物種に残すことを固くなに拒んでいることは理解できない。
 これらを考えると自然保護のために(理念法と言えども)法律での縛り、それを具体化
した条例は必要である。理念法である憲法を変えることでも、多くの人が問題視しているのも、仮に罰則が無でも、そうあるべきとの人々の理念は大きな力を持っている証左である。

2017年2月4日

20 生態学に精通した専門家

 オオタカ営巣地で営巣木から僅か150m付近で今の時期(オオタカ営巣期)に間伐作業がありました。「神奈川県オオタカ保護指導指針」に基づき、神奈川県へ対応をお願いしました。

 (当方から以前よりオオタカ営巣を報告していることもあり当然ながら)間伐作業担当部門からは「営巣木の存在については把握している。」「人への 安全上必要な作業であるため、間伐作業にあたっては、作業によって地域の環境に影響を与えないよう、生態学に精通された専門家の方に相談をしながら進めた」とありました。結果的に即作業は中止され、今年度はもう当該箇所について間伐作業を実施する予定は無いと回答がありました。残念ながらオオタカの営巣に悪影響が出ています。

 以前にもこれと似たケースがあり、「生態学に精通した専門家・・・」の文言が出てきました。オオタカを頂点とした生態系の場所であるので、当然、営巣木から400m以内は環境を改変しない(県の指針)、人への安全上必要な作業はするにしても、作業時期をオオタカの非営巣期にずらす対応をとるとかの提言が出ていないのは、生態学に精通した専門家の呼称に疑問があります。

  私たちは「生態学に精通した専門家」と聞くと、お任せしても良い気になることがありますが、専門家と言うと、学問上の権威者?ある特定分野に詳しい方?かもしれませんが、その場所の問題はその土地の事をよく知っているトコロジストの方が適切な意見が出せる感じです。

2017年1月25日

19 自然に任せても良いのでは

  2015/12に来所した生態専門官の話に倒れかかった大木は、重機を入れてはいけない環境では、人に危険を与える恐れが無い場所であれば、自然のままに任せる選択もありとありました。特別緑地保全地区指定場所、指定予定場所ではこの考え方は重要と思います。先に示した「自然の都合、自然の時の流れに合わせて」に更に踏み込んだ対応です。私たちの活動の原点はできるだけ機械を使わず、手作業で行うとあります。仮にある程度大きい樹木を私たちが切るにしても、私たちにその能力があるかの問題以外にも事故も懸念されますので、専門の方に対応をお願いしなければなりません。結果的に(市の)出費も増えますし、保全作業の理念に照らし合わせても無理に行う必要は無いと思います。

 笹窪谷の緑地には胸高周囲2mを超す巨木が数十本もあり、その世代交代は樹木自身で自然淘汰の中で少しずつ進んでいます。枯れた巨木は樹洞を使う野鳥たちの数少ない営巣場所にもなります。私たちは扱いが難しい大きな樹木については、枝落とし等で環境悪化を防いできました。全て人の思う通りにはできませんので、それ以上のことは樹林内での場所区分け(ゾーニング)で対応できると考えます。笹窪谷は特別緑地保全地区指定想定場所ですので、長い目で自然環境遷移に任せるべきと思います。

2017年1月20日

18 自然の都合、自然の時の流れに合わせて

 私たちが手入れをしている場所は、いわゆる里山で、人と自然が複雑に絡んでいる場所です。自然(Nature)は西洋思想では人の要素は含まれておらず、日本では人との関係の中にあります。その関わり方はその地がどのような場所かに依り、農耕地では収穫効率化の原則が働き、人の都合を優先した管理がされています。同様に街中の都市公園を目指す場所では、人の目を意識した環境整備が求められ、その場所の手入れは効率化や機械化が先行されがちです。人と自然の調和を目指す自然公園では、都市化された後に残された狭い場所のことが多いので、人と自然の折り合いに工夫が必要になります。ゾーニングと言って使用用途を区分けする方法があり、例えば人の立入を制限する場所を設ける、年ごとに人と動植物の利用地を交互に変えて手入れする(場所のシェア)、動物の繁殖期や動植物の育成時期は自然物優先、その他の時期に人が使ったり作業時期をずらす(時間のシェア)等を図らねばなりません。自然が関わっていますので、人の都合、人の時間だけに合わせるのではなく、自然の都合、自然の時の流れにも考慮すべきです。自然を守らねばならぬ(法的にも)責務のある場所では、更に自然の都合、自然の時間の流れを優先されねばなりません。藤沢市は市内の3大谷戸の自然を保全するとしており、その中で最大の笹窪谷は30haほどで藤沢市の面積70Km2の僅か0.4%しかありません。そこで保全作業をしている私たちは街中の理論ではなく、この考え方で謙虚に自然と対峙しなければなりません。地権者のご理解、ご協力も必要になります。このフォローには感性と知性を活かし「生態系管理」をし、自然を取り返し十分可能な「順応的管理手法」が求められます。

2017年1月2日

17 割れ窓理論(Broken Windows Theory)

「1枚の割れたガラスを放置すると,いずれ街全体が荒れてしまう」という理論です。 
 かつて,犯罪多発都市ニューヨークで当時のジュリアーニ市長が「割れ窓理論」を実施し、落書きで有名なNY地下鉄は,今ではきれいな車体で,安全な乗り物になっています。

 私たちはボランティアとして谷戸の手入れをしています。普段、人の目が無い場所ですので、そこを常に見ている人がいることを知ってもらうことは重要です。以前、年末になると大型ごみを谷戸に捨てる人がいましたが、見つけ次第、行政に通知し、即撤去してもらった結果、今では谷戸にごみを捨てる人は殆どいなくなりました。普段から小さなごみでも見つけ次第拾っています。また、張っている管理用のロープがよく切られたり、風雨に放置されたままになっていたものを即補修、改修した結果、そのようなこともする人もいなくなり、見た目も美しくなりました。堆肥場の整頓、管理をし、(市役所の)立入禁止やごみ投棄禁止の看板等も風雨で荒れるばかりでなく、故意に動かす人もいましたが、可能な限り、現場を通る時、元の状態に戻すようにしています。その地に係っている人は可能な限り現場をつぶさに見ることは肝要か思います。

2016年12月30日

16 ボランティア団体といえど

 私たちはボランティア団体としてボランティア作業をしています。やりたい事をやりたい人がやりたい時にするのが基本ですが、活動がその内部に留まっている限りはそれは心地よく持続させる良い方法と思います。しかし、以前、このような組織がある程度大きくなり、色々解決すべき問題が出たとき、関心が無い人は関知せずの態度をとり、意思決定の仕組みも曖昧で組織としてやるべき事の意思決定が進まず、組織の活動が停滞、衰退した例を知っています。ボランティア組織の悪い面が出ていると思います。
 今までと違う新しいことをする時や、外部への働きかけや外部からの働き掛けで対応が必要な時等、今までの対応では困難な場合は、各人の隙間を埋める努力、意思決定方法の仕組み作りも必要になります。縦社会ではなく、ボランティア組織は横社会ですので、この対応には人の要素が多くなりますので、ディベート的要素も必要になるかもしれません。

2016年12月26日

15 〇〇とは思わなかった

 不都合を指摘された時、自分は単に〇〇とは思わなかったと言い、行為を正当化する人がいる。自然環境保護などで、データや知見を示し〇〇ではと説明しても、何の根拠も示さず、そうではないと言う人の心境は以前書いたディベート的な思考なのであろう。人が作る仕組みの中での問題であれば、そのようなやり方もあるかも知れないが、人知の及ばぬ自然相手では、単に〇〇とは思わない、あるいは単に〇〇である等の根拠、知見を示さず人の感性に基づいた?発言は説得力が無い。また、○○とは知らなかったという人は、知り得た新事実に直ぐ対応して欲しいものです。

2016年12月16日

14 鳥インフルエンザへの配慮

 今年は例年になく鳥インフルエンザの発症例が多いので、野鳥の会の呼び掛けを掲載します。

 件名: 鳥インフルエンザへの配慮のお願い(日本野鳥の会 普及室)

 この度は、野鳥写真を撮影される皆さまへ、高病原性鳥インフルエンザへの配慮のお願いをお送りいたします。
・バードウォッチングに出かける際の鳥インフルエンザへの配慮のお願い
 現在、国内で高病原性鳥インフルエンザ(以下、鳥インフルエンザ)の野鳥での確認例が相次いでおり、この冬はこれまで以上に注意が必要な状況となってきています。鳥インフルエンザは、鳥の病気です。養鶏場などのように鳥と濃密な接触をすることがない限り、人への感染は過度に心配する必要はありません。しかしバードウォッチングによって、知らず知らずのうちにウイルスを運んでしまい、被害の拡大に加担してしまうことがあり得ます。ここでは、このようなことを避けるためにはどのようなことに気を付ければよいのかについてお伝えします。

 

◆◆ 水辺でのバードウォッチングの注意 ◆◆ 
 鳥インフルエンザは、カモ類などの水鳥が主な宿主とされています。水鳥が集まる池や湿地、湖でバードウォッチングをするときには特に注意が必要です。バードウォッチングによってウイルスを広げてしまうケースとは、靴や車のタイヤなどに付着したウイルスを周囲の養鶏所などへ移動させてしまうことを想定しています。そこで、以下の点に配慮していただくようにお願いいたします。
(1)水鳥の糞が多量に落ちているような水際まで近寄らないようにしましょう。
(2) 探鳥場所から移動する前には、靴底、三脚の石突、自動車のタイヤなど、地面に接

  したものを消毒しましょう。消毒薬には「消毒用エタノールIP ケンエー スプレー式

  500ml」が安価でおすすめです。汚れが残っていると効果が低下しますので、泥をよく

  落としてから消毒しましょう。なお、この消毒液の毒性は低いですが、念のため、使用

  上の注意に従って十分注意して使用してください。

(3)できれば、 1日のうちに、複数の探鳥地を行き来しないようにしましょう。どうして

  も必要な場合は、移動の前に消毒をしましょう。

(4) 帰りに、養鶏場やアヒル等の飼育場、動物園などには近づかないようにしましょう。

 

◆◆ 野鳥の死体を発見したら ◆◆
 野鳥の死体を発見したら、都道府県の鳥獣保護関係部署に相談してください。このとき直

接、素手で死体に触れるのは避けてください。野鳥の状況をこまめに把握し、いち早く異変に気付くことは、被害を最小限に抑えることに繋がります。行政に報告しても、実際に死体が回収され、鳥インフルエンザの検査が行われるかどうかは、野鳥の種や死体の数によって異なりますが、連絡を密にして情報を集約することには意味があります。

 

◆◆ 鳥インフルエンザが近くで確認されたら ◆◆
 鳥インフルエンザが発生した探鳥地に行くのは控えましょう。ウイルスが増殖している場所に大勢の人間が押し掛けることは、それだけウイルスの拡散を助長させる恐れがあります。また、観察場所の半径10kmの範囲で鳥インフルエンザが確認された場合も、念のため、バードウォッチングの予定を中止するなどご検討下さい。

 

◆◆ 最後に ◆◆
 冬の水辺は見どころが多く、バードウォッチングに出かける機会が多い季節と思います。
いつもにもまして、野鳥への配慮、社会への配慮が必要な状況となってきています。適切な対策をとることで、周囲の理解を得ながら、バードウォッチングを楽しんでいただけるようご協力をお願いします。

 

◆当会では、国内の発生情報を以下のページにまとめています。ぜひご覧ください。
 野鳥と高病原性鳥インフルエンザ(日本野鳥の会HP)
http://www.wbsj.org/activity/conservation/infection/influenza/
**************************************************
【上記の件に関するお問い合わせ先】
公益財団法人 日本野鳥の会 普及室
普及教育グループ
〒141-0031東京都品川区西五反田3-9-23丸和ビル
TEL 03-5436-2622(10:00~17:00)
FAX 03-5436-2635
E-mail event@wbsj.org

2016年12月10日

13 世の中に訴えるプレゼンテーション力を大事に
 日本野鳥の会は東京日野市にある「鳥と緑の日野センター」(愛称WING 1997年開館)を閉館する方針である。同会は会員数減少に伴い、同地で展開していた国際事業部門、研究部門を既に閉鎖している。また、会の活動を報告する会報の発行回数も減少している。

一時、毎年の研究報告書が発行中止になったことがあるが、しかし、これは有志者の尽力で発行再開できている。
 このような中、探鳥会に参加しない多くの会員(高齢化などで探鳥会に行く機会が減り、現場で活動できなくなった会員もいる)、このような方が会員を続けている理由に、野鳥を見る同好会的要素以外に、会がまとまって世の中に野鳥の調査、保護、新しい知見を何らかのメッセージとして出していることへの共感、支持、参画意識がある。これも会の大きな活動の
1つである。会員が減り、収支で問題が生じると、得てして探鳥会に人を呼び寄せ、会員増を図り、手間や費用が掛かる活動は縮小する懸念がある。しかし、外部に対し、しっかり会の存在理念を訴えていく努力は必要である。その意味で私たちのメッセージや報告で世の中に訴えるプレゼンテーション力は保持し高めたい。高齢化などで探鳥会に参加が減った時、従来と異なるこの方向の活動に参加できればと願う。若い人の参加も求めたい。これは野鳥の会以外にも言えることであろう。

2016年12月4日 

12 全国で激減するアキアカネ

 10/20に「ネオニコチノイド系殺虫剤使用は規制すべきである」の記事を載せましたが、今回、昆虫に詳しい方より、ネオニコチノイド系殺虫剤が昆虫に及ぼす影響を記した資料2件紹介頂きました。これを読んだ書評を下記しますので、ネオニコチノイド系殺虫剤への関心が深まればと思います。

・全国で激減するアキアカネ (石川県立大学生物資源環境学部上田哲行教授)

 日本自然保護協会会報『自然保護』2012年9・10月号「新・生命の輪」に投稿
 「1989年と99年では大きな差はなく、それが2007から09年になるとアキアカネは100分の1以下になった。また、日本各地のトンボ研究者へのアンケート結果では、2000年頃から急激に減少し始めたという印象を持っている人が多いことが分かった。原因として、水田
の乾田化や中干し、耕作方法の変化などが指摘されたが、アキアカネの目立った減少が
2000年ごろから始まり、極めて急激であること、そして減少程度に地域差があることを考えると、そのような理由では説明できない。そこで浮上してきた原因が、90年代後半から普及しはじめた、稲の育苗箱に用いられるネオニコチノイド系殺虫剤である。(銘柄)
プリンスという殺虫剤を用いた場合は全く羽化が見らず、(アドマイヤーとスタークル)使用では僅か30%ほどの羽化にとどまった。最近のアキアカネの急激な減少は、一部の育苗箱用の殺虫剤によるものと言える。」とある。

 

・平成26年度 農薬の環境影響調査業務 報告書  2015/3/27  独立行政法人 国立環境研究所

  文献調査及びヒアリング調査結果、「ネオニコチノイド系農薬等の残留とトンボ類減少の間に相関関係がある可能性が疑われた。今後、さらに詳細な本系統農薬の環境中動態に関する調査が必要と考えられる。 トンボ等の生息数の変動を確認するためには最低でも 5 年以上にわたる定量的なデータの取得が必要である。」とされる。規制が掛かるのであれば、数年以上先?害虫駆除に効果ありとしながら、トンボは減っているとしないのは不思議である。ヒアリング時、次のようなコメントがある。「一般市民における認知度や確認の容易さから考えると、トンボ類を環境影響の指標とすることは最適な選択のひとつといえるだろう。ただし、農薬が環境に及ぼす影響をトンボに代表させることにより、トンボでは検出できない影響を見落とす可能性があるため、トンボだけで評価をおこなうというのは危険である。」

2016年11月30日

11 調査体制を続けるために

 各地の自然環境モニタリングには地元のボランティアの調査員の役割は大きい。11/26の日本大学(六会)での講演会で日大の葉山准教授は調査員高齢化に伴い、今後の調査体制継続に懸念を示されました。葉山氏は鳥を愛でる?バードウォッチャーの立場では野鳥調査はできないと言う。確かに、種に拘ると珍しい動植物、希少種を探す動機づけになるが、その地の自然環境全体を掴むのは難しい。調査をされる方の高齢化は進んでいますので、若い人を育てていかなばなりません。姿勢としてその地に持続して関心を持ち、その地に愛着を持つ、愛する姿勢が大事で、愛するものに対しては何でも知りたくなると思う。

2016年11月13日

10 自然環境保護にディベートは適さない
 ディベート(debate)という言葉を時々聞く。  ウィキペディアによると「ある公的な主題について異なる立場に分かれ議論すること」とあり、討論(会)とも呼ばれている。1980年代以降、議論できる日本人を養成するため、当初、学校教育のカリキュラムにディベートが導入され、企業では社員教育プログラムに組み込まれ、政治の世界でもディベートという言葉が使われている。これは意見対立を前提にし、特定の立場で意見を論じ、相手を説得するのに主眼が置かれている。
 私たちは自然環境保護に対し、前出の三段論法的思考によるディスカッション(Discussion 協議)で進めている。その中でディスカッションとは異なり、ディベートを持ち込み、なかなか話し合いが進まないことがある。ディベートは人が作る仕組み作りに
適した手法で、人知が及ばぬ自然に対しては無能で不適当である。ディベートは日本人や日本文化に合わないとし、「つつましさと思いやりの美徳」で対立を好まない日本人の従来のコミュニケーションの方がいいとの意見もある。場違いでディベートを押し通すと人間関係の構築力を低下させる怖れもある。更に間違ってディベートを過度に使うと「詭弁家」や「批判だけが得意な人」を育ててしまう危険性があるということも指摘されている。

2016年11月8日

9 三段論法的思考
 私たちは活動で得られた意見等を出すときは、現場のデータ(事実)を示し、別の角度から得られた知見〇〇を照らし合わせ、その結果、こうなる、こうした方がよい、あるいはそうしない方がよいとの結論を得ている。いわゆる三段論法的思考による施策である。文系分野、理系分野問わず論理性が必要とされる分野においては必須の論法である。理系分野を経てきた人にはこの考え方に慣れている。異議があるときは、前提条件の〇〇は別の△△であると示し、結論は別のこれになると示される。お互いにその論法で検証できるので、新しい結論が導き出される。
 時々、真ん中の条件を飛ばし、そんな事はあり得ないとか、そうは思わないのとか(個人的な思い?)を言って一気に反対意見や別の結論を主張する人がいる。大変乱暴で違和感を感じる。これでは協議の場になっていなので建設的な結論を得るのは難しい。特に政治の世界では、このような手法で意見を出しても門前払いの形になることは世の中に多々ある。弱肉強食の世界なのであろうか。
 文系分野では同じことを示しているつもりでも人により言葉が違ってきたり、同じ言葉でも、人や時を経ることでその意味が変わってくるのを経験する。よく話合いをして決めようと言うが、どのようなやり方がよいのか熟慮が必要である。

2016年11月2日

8 現場を見ないアセスはあり得ない
 野鳥の会全国支部があつまる集会でNPO法人環境エネルギー政策研究所から自然エネルギー導入敏速化するため、アセスの期間を半減させる検討を始めているとあった。役所の手続き簡素化と類似環境地域のアセスデータの流用化を考えている。

 これに関連したものとして国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の2016年7月11日付けの下記の広報がある。

    環境アセスメント短縮へ向け環境影響の実態検証に着手
   ―合理的な手法で環境アセスメント手続期間の半減を目指す―

 風力発電等では、発電所の建設時に環境アセスメントを実施することが法令で定められていますが、環境アセスメントの手続には4年程度要しており、さらなる導入普及のために手続期間を短縮することが求められています。NEDOでは環境影響調査を前倒して実施することで、環境アセスメントの手続期間の半減を目指しており、2014年度から前倒環境影響調査に関する環境アセスメント調査早期実証事業を実施しています。
 今回採択したテーマでは、既設および工事中の風力発電所の環境影響を実際に調査し、事前に実施した環境影響評価報告書と比較することで、環境影響の実態を検証します。その結果から、環境影響調査として重点的に実施すべきもの、合理化しても環境に影響がないもの等を総括的にとりまとめ、先行実施している環境アセスメント調査早期実施実証事業も含めた事業の成果とあわせ、2017年度末頃にガイドとして公表し、風力発電事業者等へ広く活用してもらうことで、環境アセスメントの質を落とすことなく手続期間の半減を目指します。

 

 人が作った仕組みは合理化できるが、自然環境は各々異なり人知の及ばぬ所があるので、その場所でその都度事前調査は必須である。その現場を見ないで結論を出すことは問題である。建設業界であったようなデータ捏造の懸念もある。成り行きを見守りたい。

2016年10月30日

浜口哲一さんの書評

  最近、レガシーという言葉をよく聞くようになりました。先人が残した所有物全般や、業績や仕組みなど、成果的なものを言います。

  前野鳥の会神奈川支部支部長の浜口さんはご自身が読まれた書籍の書評を、生前、多くの方にメールで配信されていました。これを読むと浜口さんの考え方、人柄がよく理解できます。これらを埋もれたままにしておかず、浜口さんの遺志として、まとめて見えるように残す方がよいと思い、別のHPに載せました。

2016年10月26日 

文化の中での野鳥

  平成26年度の文化庁の文化記録映画優秀賞に選ばれた記録映画「鳥の道を越えて」の評論に次のような内容があった。「この映画にはその土地の文化として霞網猟が描かれている。岐阜、福井、石川各地の霞網猟場は映画の収録地岐阜県東濃地区の人が開いたものであった。海が無い東濃地区では渡り鳥を貴重な蛋白源にしたのは自然の理で、獲った野鳥を自家消費したのは、その時点では立派な山村文化であった。これを拡大し、自然環境を殺め獲物を商品として出荷する商業主義に陥った時点で、民族的な霞網猟文化は終わった。その後は霞網猟は禁止され、当然、これを復活してはならない」。これと似た猟をする石川県の片野鴨池では坂網猟が今でも石川県民俗文化財として認められている。これはラムサール条約での「賢明な利用」「持続可能性」が活かされているからであろう。
 司馬遼太郎は「文化とは特定の地域または特定のグループに所属する人々が、便利や快適さを超えて、心の安寧をそこに投影する物や事」と言う。メジロの鳴き合わせは「愛鳥家」が行う「日本古来よりの伝統文化」と言っているが、違法捕獲や自然環境を破壊し、高価でメジロを取引するまでに至っては日本の伝統文化とは言い難い。「日本の文化として野鳥を飼っている」と聞く事があるが、ウミウの鵜飼以外は動物園等で飼育するのが国の方針である。自称鷹匠が「日本の文化」と称して外国産の鷹を使って、日本の伝統と言えるのか。仮に許可の無い国産の鷹を使ったら違法で、密猟の隠れ蓑になりうる。
 私たちは「〇〇を食べるのは日本の文化」、「〇〇をするのは日本の文化」と言う時、司馬遼太郎が言う、その物事が置かれている状況をよく知る必要がある。

2016年10月20日

5 ネオニコチノイド系殺虫剤使用は規制すべきである

 有機リン系農薬は禁止され、近年はネオニコチノイド系殺虫剤が多用されている。世界各地でミツバチが巣に戻れなくなり、ミツバチの群を崩壊させる蜂群崩壊症候群の原因物質とされる。そのため、ネオニコチノイド系農薬は2006年には仏では全面禁止、EU圏では規制が進んでおり、米国でも同系の4種類の農薬が規制されている。韓国では2014/3、EUと同様に禁止している。我国では殆ど規制が無く、2014/12/25の朝日新聞によると厚生労働省は化学メーカーからの申請を受け、内閣府の食品安全委員会の評価を踏まえ、ミツバチの大量死の原因と指摘されているネオニコチノイド系農薬「クロチアニジン」の食品中残留基準を緩和する案を了承したとある。http://saigaijyouhou.com/blog-entry-6598.html

 

 この農薬は90年代に登場し、昆虫の神経系に結合し、神経麻痺を起し、農作物の内部にも浸透し、洗っても落ちず、残留性が長い。更に植物の種の段階でこの農薬が浸透処理され、植物自体が耐害虫性を持ち、それを食べた虫に神経毒が摂り込まれる。 それだけでなく人の幼児の脳内情報伝達機能への影響も懸念されている(脳神経研究者 元東京都神経学総合研究所 黒田洋一郎氏談)


 笹窪谷でもこのような事が起こっており、昆虫が減っている可能性がある。昆虫は個体数を数える事が困難で、昆虫個体数減少そのものについて言及は難しいが、状況証拠として、蜘蛛(昆虫を捕食する)の観察では、嘗てよく見られたカニグモやハエトリグモの仲間が最近激減している。これは余り動けない地上徘徊性の昆虫がネオニコチノイド系殺虫剤の影響を強く受け減っていると考えられる。更に、個体数カウントが比較的容易な野鳥調査で、目では自然環境は変化していなくても、個体数はこの10年間で半減しており、ネオニコチノイド系殺虫剤で昆虫が半減している可能性が高い。
 仮に今は疑わしいとしか言えなくても、予防原則*に基づきネオニコチノイド系殺虫剤使用を規制すべきである。*不可逆的な影響を及ぼす恐れがある場合、因果関係が十分証明されなくても、不確実性を理由に対策実施を延期する理由にしてはならない。

2016年10月14日

4 次代を担う若い調査、研究員を支援しよう

 野鳥の会に入会していますが、全国的に高齢化に伴う体力低下等もあり、会員数が減っていると耳にします。私もこの数年、体がきつく探鳥会に出向く機会が減ってしまっています。
 2011年の東日本大震災時、会員が亡くなられた支部もあり、鳥見のために必要な望遠鏡等が流され、本部から観察道具寄贈の呼び掛けがありました。その時、手元にあった体力的に扱うのが無理な大きな望遠鏡を被災地支部へ贈った事があります。
 最近、遠出ではなく、近くの自分のフィールを回っている時、色々な生き物調査や環境調査をしている若い学生さんたちとよく出合うようになりました。彼らは自分たちが行っているこのような事が難儀であると聞き、2011年の事を思い出しました。彼らは行動力があり、詳しく調べた結果を話してくれます。一方、私はその地の嘗てからのいきさつ、知り得た自然環境情報をお話し、お互いの交流が深まっています。私にできる事として長年使ってきて今では使わなくなった観察道具や嘗ての資料や情報をお渡し、参考にして貰っています。笹窪谷で知り合った慶応大学の学生さんとも、このような事が続けばと願っています。
 高齢化した?私たちは自分のフィールドだけでなく、調査、保護活動に資金支援する仕組みがあるネットも使って次代を担う若者を支援しようではありませんか。

2016年10月13日

フクロウ問題とその対応 

 長野県八ヶ岳のフクロウに関し「フクロウで町おこし」活動で参加者募集の話が出た。フクロウについて十分知識を持たない人が多数集まり、フクロウの巣箱を架け、町の宣伝を行うとある。このままではフクロウが簡単に見られる場所としてカメラマンが殺到し、密猟者まで招く心配がある。地元の保護団体はフクロウ保護活動をしている「アウル諏訪」と共同でフクロウ生息環境保全について町に申し入れした。人目につかない場所に巣箱を架ける必要性はあるが、このままでの町おこし行事では問題があるのは理解された。今後、知らぬ間にフクロウ生息地の森が伐採されないような地道な保護活動も必要である。笹窪谷でフクロウやオオタカの保護活動をしている私たちも同じ課題がある。長年フクロウの繁殖、保護活動をしてきた「アウル諏訪」より、フクロウの巣から100m以内は環境改変しない、営巣林の手入れは非繁殖期に手作業で行い、機械音は出さないようにアドバイスを頂いております。

 2016年10月10日

2 オオタカは増えているのか

 環境省のオオタカ希少種解除問題、「解除後の保護対策」と「本当にオオタカは増えているのか」が主な論点かと思います。前者につての問題提起は多く出されていますが、後者の「本当にオオタカは増えているのか」について野鳥の会東京支部報7月号で鳩山野鳥の会(埼玉県)の方が分かり易い記事を投稿しています。下記ご参考までに。

  神奈川県東部の状況を毎年見ている感じでは、オオタカは2000年前後に一気に増えましたが、営巣できる場所が限られているため、繁殖に参加できない個体が多い感じです。寿命が長い鳥ですのでオオタカを見る機会は増えましたが、これでオオタカ個体数は増えたと言うのは正しくありません。嘗て、我国の人口は増えて安定すると予想されていましたが、その裏では跡を継ぐ子供たちは急減し、高齢化、結婚できない人も増え、結局、生産者人口そしてついに総人口の長期急落が露見しています。オオタカでも同じ様な事が起きていない保証はありません。

オオタカは増えているのか.pdf
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2016年10月1日

1「環境基準」を満足しないものは受け入れられない
 豊洲市場予定敷地内で地下水のベンゼンやヒ素の値が「環境基準」をわずかに上回ったという調査結果が発表された。これに対し、早速専門家と称する人たちから、「即人間の健康を害するものではない」、「そもそも、そのような極端な使い方はありえない」として何ら問題は無いとコメントしている。
 私たちの安全、安心はこのような厳しいと言われる「安全基準」を守ることで担保されてきている。それを当面問題ないとして、経済的な問題等を優先し、例外的に通してしまっては我国が他国に誇れる安全、安心の文化を危うくする。
 東京電力福島原発事故でも、常に放射能を放出しないことで管理されていたものが、事故で飛び散った放射能に対し、放射能があるのはどうにもできず已む無しとして、暫定的な(恰好だけの?)新しい基準を作り対応しているのも問題である。

 そもそもこれで管理すると決めたものが、守れない事が私たちの信頼、信用を失墜させている。当事者は「環境基準」を満足していないものを世の中に送り出すべきではない。私たちも「環境基準」を満足していないものを受け入れるべきではない。